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ゾマホンさんに聞いた「ここがイイよね日本人」

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平成の討論系バラエティ番組「ここがヘンだよ日本人」で人気を博した、ベナン出身のゾマホンさん。その後は母国に学校を建て、駐日大使を務めた経験も。当時と変わらぬ情熱家のゾマホンさんから日本人へのメッセージです。 (パンプキン202年12月号より転載。取材・文=富樫康子 撮影=箱崎慎一)

31年前(1994年)、初めて成田空港に着いていちばんびっくりしたのは、空港が安全で、皆が礼儀正しいということ。これは教育のおかげだと思います。日本は識字率がとても高いでしょう。ベナンの識字率は当時25%くらい。安心して暮らせる社会をつくるためには教育が絶対に必要です。だから、私はベナンに学校を建てたい!と思ったんだよ。


――ゾマホンさんは夢の実現のために日本で2冊の本(『ゾマホンのほん』『ゾマホン、大いに泣く みなさま心よりありがとう』河出書房新社)を出版。


「この本でえたお金は一円も私のものにするつもりはありません。すべてが学校をつくるためのものとなります」(『ゾマホンのほん』より)と宣言したとおり、本の印税や日本の方々からの寄付によって、「たけし日本語学校」と7校の小学校を設立しました。その取り組みは今も続いており、今年3月には、8校目の小学校となる「れいわ小学校」が開校しました。

ラーメン屋でスカウト

私が初めてテレビに出たのは1998年のこと。アルバイトのお給料が出た日、月に一度の贅沢として入ったラーメン屋さんでスカウトされたんだよ。


当時、自費留学生として上智大学の大学院で勉強中だったから、とても生活は苦しかった。そのテレビの仕事は6時間で1万2千円と言うんだよ。私のアルバイトの時給は850円だったから「やります、やります」とすぐOKしたわけ。それが、殿(北野武さん、以下同)が司会者をしていた「ここがヘンだよ日本人」というテレレビ番組です。レギュラーで出演するようになったよ。


その間も私の本業は大学院生。修士論文のテーマは「母国ベナンにおける初等教育普及の問題点」でした。これをテーマにした理由は、日本がここまで発展したのは、教育があったからだと気づいたから。江戸時代の寺子屋のこと、福沢諭吉のこと、調べれば調べるほど、教育は大事だと思ったね。そしてベナンに基礎教育を普及させたいという、私の将来の目標も見えてきたよ。


テレビ番組で人気が出たおかげで、ベナンに学校をつくるために、私は2冊の本を出版することができました。合計30万部も売れて、印税が入ったときには、びっくりしたよ!「パンプキン」の読者で、本を買ってくださった方もいたと聞きました。本当に感謝します! 


皆様のおかげで建った小学校はベナンに寄贈し、運営はベナン政府がしています。


上智大学大学院を卒業したあとは、母国の将来のために国際IFE 財団を設立しました。それから、日本にはベナン大使館がなかったから、両国の交流のために、駐日ベナン大使館の設立にも尽力したよ。


――こうした貢献が認められ、ゾマホンさんは2001年にはJCI(国際青年会議所)から「世界最優秀青年賞」、02年にはベナン共和国から国民栄誉賞を受賞。12~16年には日本を含むアジア・オセアニア圏11か国の特命全権大使を務めました。

本当のことを報道してほしい

日本で報道されている、アフリカについてのニュースの多くは、欧米が配信するニュースを翻訳して報道しているって知ってる? 欧米から見たアフリカじゃなくて、日本のマスコミは現地をちゃんと見て、情報を正しく紹介してもらいたい! 読者の皆さんには今年のTICAD9(第9回アフリカ開発会議)をひとつの方法として、本当のアフリカを知ってほしいです。

 

※TICADはアフリカの開発をテーマとする国際会議。1993年以来、日本政府が主導して開催しています。今年8月に横浜で開催されたTICAD9にはアフリカ49か国の首脳らが参加。石破首相(当時)は閉会式で「2050年には世界の人口の4人に1人がアフリカ出身になる」「アフリカは間違いなく、世界の成長の中心となり、世界をリードしていくことでしょう」「共に力を合わせることが何よりも重要」と述べました。


正しい情報を知らないと、日本は絶対によくはならない!これは私が日本を愛しているから言っている話です。

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