• 社会

伝統製法にこだわる酒造りで個性が輝く

  • 書籍セレクション

嘉永5年創業の新政酒造は、2007年に佐藤さんが社長に。経営方針を普通酒から純米酒へ舵を切りました。

無農薬米、生酛、木桶仕込みを徹底し、AIや自動化に頼らず“人でしかできない”酒造りを貫き、蔵の原点である最古の清酒酵母「きょうかい六号」を“無個性こそ個性”として磨き上げ、2012年には黒字化。素材と地域の力を引き出す挑戦を語ります。

(月刊『潮』2024年3月号より転載。本文中の表現はすべて雑誌掲載時のままとしています)

伝統的な製法で造る唯一無二の日本酒

新政酒造あらまさしゅぞうの創業は嘉永かえい5年(1852年)。私で8代目となります。現在の新政は、徹底して伝統的な製法で酒を造っています。酒米は無農薬で作り、酒は天然の乳酸菌を活用する生酛造きもとづくりと、木桶きおけを用いた醸造という製法で行っています。そうして造り上げた新政の日本酒は、ありがたいことに世界的に"唯一無二の味"として高い評価を受けています。

素材や自然の持ち味を生かした先に酒造りの理想がある――。私はこの信念のもとに酒造りにこだわりを持っています。最近の製造業は、生産性を上げるためにAI(人工知能)を導入して、自動化したり、単純作業をなくしたりしていますが、私たちはその流れに乗るつもりはありません。新政の酒蔵にはほとんど機械がないのです。伝統産業の誇りを持って、マンパワーを注ぎ、人でなければできない酒造りを追求しています。


私たちの蔵が伝統的な製法に立ち返ったのは、もともとジャーナリストをしていた私が家業を継ぐために2007年に新政酒造に入社してからです。当時は清酒の需要が冷え込んだ"冬の時代"で、新政酒造も赤字が続いていました。そのころの売り上げのほとんどは普通酒(純米酒・本醸造酒・吟醸酒などの特定名称酒に分類されない日本酒の通称)でしたが、価格競争に陥っていたため、売れば売るほど赤字が増えるという状況でした。そこで、蔵の再建のために普通酒の製造を減らし、価格競争にさらされない純米酒造りを始めたのです。


手間も時間もかかるものの、1852年から続く老舗を途絶えさせないために考え抜いた末の決断でした。新しい酒が顧客の皆さまに受け入れられるまでには時間がかかりましたが、幸いにも2012年には黒字化できました。

社運と人生をかけた最古の醸造用酵母


これまでの経営で心がけてきたことがあります。それは、他の蔵と自分の蔵を比べないことです。


もちろん、他の蔵のことに関心がないわけではありません。同業者として関心は持つ。しかし、他の蔵と比較して一喜一憂したり、他の蔵のやり方を自分たちの蔵に持ち込んだりしても、つまるところは「ワン・オブ・ゼム(大勢の中の一つ)」になってしまい、自分たちの蔵が持つ価値や個性が生かされません。


どの蔵にも、その蔵にしかない長所がある。そのことに目を向け、伸ばしていけば、その蔵にしか造れない魅力的な酒が生まれると信じています。新政酒造で言えば、純米酒造りなどの伝統的な製法や、清酒用酵母「きょうかい六号」(以下:六号酵母)こそが、自分たちの長所だと思っています。


この六号酵母は私の曾祖父の時代に新政の蔵の中で見つかったもので、現存する最古の清酒用酵母です。この酵母を使っての醸造が、多くの方々に飲んでいただいている生酒「No.6(ナンバーシックス)」をはじめとした新政酒造の日本酒の特徴です。


蔵の再建をかけて、私がこの六号酵母だけで酒造りをする旨を明かした際、社内からは少なくない反対の声が上がりました。「いくら発祥蔵だからといって、この酵母では何の取り柄もない酒になってしまう」「もっと華やかな香りや、さわやかな味が出る酵母が開発されているのになぜ?」と。先代の父親ですら「大吟醸は六号酵母じゃないほうがいいんじゃないか」と言っていました。


六号酵母は素朴で特徴がなく、他の蔵では使われなくなったクラシックな酵母です。私はそれが気に入りました。酵母が無個性だからこそ、原料の味わいや木桶仕込みの風味が邪魔されない。つまり、個性がないことこそがこの酵母の個性だと思ったのです。このことに気がつけたのは、六号酵母に社運も私自身の生命もかけてみようと決めたからだと思います。きちんと向き合えば、どんなものにも必ず長所がある。私がそう信じられるのは、自身の体験があったからです。

和の心は良酒を醸し 良酒は和の心を醸す


実は、私は発達障害の診断を受けています。幼いころから物忘れが多く、興味のないことには集中して取り組むことができませんでした。そのため、苦手科目の試験結果はいつも散々で、自分には短所しかないと思っていました。


ただし、その一方で関心のある分野には自分でも驚くほどの記憶力を発揮できる特性があり、得意科目のみで臨むことができる東京大学の後期日程試験を受けて、合格することができたのです。今では長所として捉えることができているこの特性を生かして、現在の仕事をしています。もちろん、苦手な仕事はありますが、社員がうまくカバーしてくれます。そうした支え合いがあるからこそ、新政酒造は成り立っているのです。


支え合いといえば、私は秋田の蔵元五人で「NEXT5」というグループを結成し、地域の活性化を目指して活動しています。さらに、「Fermentopia2023」という発酵文化の魅力を伝えるイベントを昨年6月に東京で開催するなど、業界全体を盛り上げるための取り組みも行っています。自社の技術や情報を独り占めしていれば、短期的な利益は得られるのかもしれません。しかし、長期的に利益を上げたり、伝統産業を守ったりするためには、チームを組んだほうがよいと思うのです。尊敬できる方々と協力することで、新たな気づきを得られることもあります。

酒造業界には「和醸良酒わじょうりょうしゅ」という言葉があります。和の心は良酒を醸し、良酒は和の心を醸す――。日本酒を取り巻く環境が大きく変わる中で今日こんにちの新政酒造があるのは、ファンの皆さまはもちろん、同業の仲間のおかげにほかなりません。酒造業界に身を置いて17年、「和醸良酒」という言葉を心から実感するとともに、これからも地域との支え合いを大切にしたいと考えています。

自然との共生と人々の助け合い


2023年7月に秋田市で水害が起きた際には、同業者で被害に遭った酒造会社の復旧作業をお手伝いしました。そこは私に酒造りを教えてくれた先生の蔵で、泥かきの作業に数日間を要しました。同じ地域のエレベーターが使えなくなったマンションでは、高齢者宅に飲料水を届けるボランティアにも従事しました。困った時はお互いさまですし、同じ地域で生きる者同士の関係性を深めるきっかけになったと思います。


秋田では、少子高齢化や人口減少が顕著です。そんな秋田の未来や東北の明日を開くためには、やはり長所と短所に目を向ける必要があると私は考えています。もちろん、少子高齢化や人口減少への直接的な対策は必要ですが、かといって大都市のようになればそこで暮らす人々が幸せになるかというとそうでもない気がします。


秋田にはたくさんの魅力があります。素晴らしい大自然に囲まれているがゆえに、自然と共生してきた伝統もあれば、支え合って生きてきた人々の絆もあります。"人が少ない県"だからこそ、そこで暮らす人々はそうした魅力を思う存分に味わうことができるのではないでしょうか。


酒造業界でも高齢化が進んでいますが、新政酒造は若者が中心となって支えてくれています。それは先述のとおり、自動化の流れに抗って伝統的な製法で酒造りをしているということに魅力を感じた若者たちが、全国から集まってくれたからです。やはり秋田には、人を惹きつける魅力がある。私はそう信じています。


この記事をシェアしませんか?

1か月から利用できる

雑誌の定期購読

毎号ご自宅に雑誌が届く、
便利な定期購読を
ご利用いただけます。