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プロレスを通じて被災地に勇気を送りたい

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元日の能登地震で実家が停電・断水。電話口の母の声に、里村明衣子は12年前の絶望を思い出しました。東日本大震災で団体が存亡の危機に立ったとき、彼女はトラック免許を取り、自らリングを運んで興行を続けた――励ますつもりが、励まされる。東北の人々が、プロレス界の大先輩が、私を育ててくれた。

(月刊『潮』2024年4月号より転載。本文中の表現はすべて雑誌掲載時のままとしています)

今度は私が人々を勇気づけたい


元日に能登半島地震が発生し、被災地の皆さまは、まだ先行きの見えない不安のなかで暮らされていることと思います。1日も早い復旧・復興を心よりお祈り申し上げます。

じつは能登半島地震が起きたとき、私は実家がある新潟にいました。実家も大きな揺れに見舞われ、電気・ガス・水道のすべてが止まってしまいました。私は東日本大震災が起きてすぐに「センダイガールズプロレスリング(仙女せんじょ)」の代表を継いだのですが、当時のことを思い出さずにはいられませんでした。

東日本大震災によって仙女の事務所は被災してしまい、興行を継続するか、廃業するかの瀬戸際に立たされました。発災直後の東北は、皆が食べるものをどうするかといった状況で、プロレスどころではありませんでした。多くの選手が仙女を離れてしまい、残ったのは私を含めて4人だけです。スタッフもいなくなり、リングを運ぶためのトラックの運転免許を取るところからの再出発でした。


仙女の興行を継続する決心がついたのは、被災された多くの方々が住む場所や仕事を奪われた苦境のなか、支え合って懸命に生きようとする姿に触れたからです。皆さんの姿を目の当たりにして"ま

だまだ私は頑張れる"と思えたのです。


勇気づけられた分、今度は私が被災した方々を勇気づけたい――。その一心で、被災地の広場などでチャリティーマッチを始めました。いま振り返ってみると、私自身がプロレスに勇気づけられ、プロレスによって人生が変わった人間だったことも、背中を押してくれたように思います。

相手の魅力を引き出せるか


私が"プロレスに人生を捧げよう"という夢を抱いたのは、中学生のときに新日本プロレスの試合を見たことがきっかけでした。


姉がプロレス雑誌を熟読するほどのプロレスファンで、あるとき観戦に誘われたのです。当時の私は、プロレスにはまったく関心がありませんでしたが、約2000人の観客がリング上のレスラーに歓声を注ぐ臨場感に触れ、ここに私の生きる道があると直感したのです。


私は小さいころから、かっこいい女性に憧れて、将来はテレビの世界で活躍する仕事に就きたいと思っていました。ところが、プロレスを初めて観戦したときに、その夢がガラッと変わります。テレビの世界でなくても、プロレスラーは派手な衣装を身にまとい、リングで華々しく戦っている。私が求めるもののすべてがここにあると思えたのです。道が決まってしまえば、もう迷うことはありません。中学校を卒業してすぐに、プロレス道場の門を叩きました。


多くの人々は、プロレスを会場で見たことがないはずです。鍛え抜かれた体が激しくぶつかり合う迫力は、やはりテレビなどの映像ではなく、会場に足を運んでいただかなければ伝わりません。プロレスは、生身の人間と人間が対峙する競技です。私たちレスラーは、白熱した試合にするために

日々の鍛錬が欠かせません。


肉体を鍛え上げ、技の精度を磨き上げることはもちろん、衣装にも徹底的にこだわります。仙女では、心身ともにそれぞれの個性を磨き、互いに高め合っていくことを大切にしています。プロである以上、まずは観客の方々に楽しんでもらい、ときには皆さまを元気づけ、勇気づけていくことが求められます。


ただ単に対戦相手を倒し、自分だけが目立っても、観客の皆さまに満足していただくことはできま

せん。"つぶし合い"よりも"生かし合い"が大切なのです。競技としての勝ち負けだけでなく、どれだけ対戦相手の魅力をリングで引き出せるか。私たち仙女は、そこにこだわっています。

本物の強さはリングの外で現れる


対戦相手の魅力を引き出すためには、自分自身が強くなければなりません。そのときに欠かせないのは、人の痛みを知ることです。さまざまな経験を通して、自らが傷つかなければ、痛みを知ることはできません。本当に強い人は、大いに痛みを味わっている分、人を無暗(むやみ)に傷つけたりしません。私はそれこそが、本当の優しさだと思っています。


強いレスラーは、対戦相手の魅力を引き出すために、相手が繰り出す技を、逃げずに真正面から受け止めます。それを可能にするのは、肉体的な強さだけではありません。対戦相手と向き合い、そのすべてを受け入れる器の大きさがあるかどうかだと、私は考えています。器が大きな選手は、自分が強いだけでなく、相手さえも強くしてしまうのです。


つくづく思うのは、強さとはむしろリングの外でこそ現れるものだということです。私にそのことを教えてくれたのは、大先輩である長与千種さんや北斗晶さんといったプロレス界のレジェンドでした。若いころの私は、怒りや嫉妬、孤独感といった負の感情こそが強さの原動力になると信じていました。しかし、長与さんや北斗さんら先輩と触れ合うなかで、私のその考え方は変わっていきます。


先輩方は、リングの上だけでなく、日々の生活のなかでも私たち後輩に真摯に向き合い、ときに厳しく、ときに優しく指導してくださいました。プロレスのことだけではありません。他人に接するときの態度や礼儀など、人として大切なこともすべて教えてくださったのです。私がいま、仙女の代表を務め、アメリカのプロレス団体であるWWEと選手兼コーチの契約を結ぶことができているのは、すべて心から尊敬する先輩方の指導と激励があったからだと思っています。長与さんや北斗さんほか先輩方には、感謝してもしきれません。

東北の人々には本当の強さがある


私を育ててくれたのは、プロレス界の先輩方だけではありません。仙台をはじめとした東北の方々にも育てていただきました。


東日本大震災が起きたあとに、津波による甚大な被害を受けた宮城県石巻市の倉庫を借りて復興支援大会を開催したときのことです。試合を見に来てくださった地元の方が「ずっと待ってたよ」「来てくれてありがとう」と声をかけてくださいました。あのときのことは、いま思い出しても込み上げてくるものがあります。被災地の方々を励ますつもりが、私のほうが励まされました。


私は、東北の人々とのそうした励まし合いによって、成長することができたと思っています。震災直後は四人まで減ってしまった仙女のレスラーは、いまでは9人まで増えています。いまの私にとって、仙台の地を拠点にプロレスができることが何よりの誇りです。


東北の人々は東日本大震災を経験した2011年以降、最も傷つき、痛みや苦しみを味わってきました。痛みや苦しみに耐えるために、互いに励まし合い、支え合ってきました。その分、傷ついている人や悲しんでいる人、困っている人に寄り添う"本当の強さ"が東北の人々にはある。その強さこそが東北のチカラだと思います。


この3月で東日本大震災から13年を迎えます。一人一人が東北のチカラを発揮することが、まだまだ道半ばの復興を大きく前に進めることになると私は信じています。仙台をはじめ東北に育ててもらった人間として、できることは何でもするつもりです。まずは本業であるプロレスを通じて"人間

はこんなにも強いんだ"ということを、皆さんにお伝えしていければと思っています。

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