• 政治 経済

どうしてこの世に税金があるのか――財政は「すべての人」の生活を支える社会の共同事業

  • 対談

「無内容な言葉」がポピュリズムの本質


神野 「増税せずに無駄を減らせ」と叫ぶ声がたびたび聞かれます。本来、財政において無駄かどうかを決定するのは国民です。さきほどの井手先生のお話にあった通り、議員という代表は立てつつも、財政はすべての国民が決めるものです。もし予算が無駄な事業に充てられているとすれば、それは国民の決定がよくなかったということで、修正できるわけです。

 

ただし、「無駄だ」と攻撃されるのは往々にして生活保護費などの社会保障費であり、その点に気をつけておかなければなりません。

 

井手 「無駄を減らせ」と言うとき、ポイントが二つあります。一つは、無駄であろうとなかろうと、支出を削れば、誰かの受益が減ります。負担は増えていなくても受益が減るわけですから、税の痛みが増し、政府不信が強まりますから、さらなる無駄の削減を求める悪循環が生まれます。

 

もう一つのポイントはポピュリズムと関係します。ラクラウという哲学者が「空虚なシニフィアン(記号表現)」と言いましたが、これは、意図的に"無内容"な発言をするのがポピュリズムの本質だということです。


「無駄」とは「役に立たないこと」ですから、言葉の定義上、無駄をなくすというフレーズはほとんどの有権者が賛成するでしょう。「手取りを増やす」というフレーズも同じです。だって、手取りを減らしたい人などいませんから。

 

反対に、具体的で中身のある主張をすると違いが目立ち、論争が起きてしまう。だから、ポピュリストは「無駄をなくす」とか「手取りを増やす」といった議論の余地のない空虚な言葉を拠り所にするのです。「減税」で一致している勢力も、具体的な制度設計には言及せず、与党や官僚に丸投げしていますよね。そこに、社会の進むべき道や望ましい方向を示すビジョンなど皆無です。

 

私は20年ほど前に神野先生と『希望の構想』という本を編ませいただきました。そのときにいただいたのは、肯定的な未来を描き、そこから逆算して現在を考えなくてはならないという教えでした。常にビジョンを描きながら、現在の制度設計を構想していかなければならない。私は、いまこそ、政治がビジョンを示して論争をしていくことがきわめて重要な時代になっていると感じています。

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