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どうしてこの世に税金があるのか――財政は「すべての人」の生活を支える社会の共同事業

  • 対談

稼げない人は怠け者なのか


神野 「取って配るなら最初から取るな」という声は、財政の所得の再分配機能を否定することを意味します。市場が分配する所得では、過剰に豊かな少数のお金持ちと、わずかな所得しか稼げない多くの貧しい人々が生じてしまいます。主流の経済学では、わずかな所得しか稼げない貧しい人々は怠け者だ、と考えられています。

 

井手 再分配前の、当初の所得分配は市場で決定されます。この最初の所得分配が努力だけから導かれているならば、主流派の考え方の通り「稼げない人は怠け者だ」ということになるでしょう。

 

しかし、現実はそうではありません。たとえば、私は一生懸命勉強をして東京大学に合格しました。ですが、私は貧しい家庭に育ちましたので、もし親が教育に関心を持たず、受験の機会を与えてくれなかったら、どんなに努力しても神野先生と出会えなかったでしょう。つまり、私の進路は生まれた家庭という運に左右されていた。努力だけで決まったわけではないのです。


当初の所得分配には、スタートラインの違いが絶対に影響している。障害があったり、親が教育に無関心だったり、職に就いても不運でキャリアを断念することだってある。稼げないのが「怠けていたから」なのか「運が悪かったから」なのかなど、そもそも証明不可能なのです。

誰しもが稼げない状態になる可能性がある以上、セーフティネットをきちんとつくるべきではないか。運に左右される当初の所得分配を、再分配によってならしていこう。それが財政の考え方です。 さらにいえば、社会的に不利な境遇にある人のなかにも、能力のある人は大勢います。そうした人たちを社会が発掘しない限り、経済成長などできるはずがありません。にもかかわらず、主流派の議論はこうした部分を置き去りにしてしまっています。

財政の目的は権利の保障にある


神野 財政による所得の再分配について疑問に思う人には、改めて基本的な根拠を考えてほしいと思います。


私たちは日本国憲法によって基本的人権を保障されています。基本的人権には、自由権や参政権とともに社会権(生存権と社会保障、雇用と労働基本権など)があります。では、その社会権はいったいどうやって保障されるのでしょうか。市場の分配に任せたままではできません。


そこで、土地や労働、資本という生産要素の市場が生み出す所得(地代、賃金、利子・配当など)から政府が租税を調達し、公共サービス(現金給付と現物給付)を提供して再分配を行えば、人々の社会権を保障していくことができるはずです。しかも、それによって社会正義が実現され、社会が統合されていく。こうした思想が私たちの学び合っているドイツ財政学が生まれた根拠なのです。

 

井手 伝統的な財政学では、あくまでも人間の権利保障が目的であり、「経済」は常に結果だと考えます。不利な境遇にあったとしても誰もが教育を受けられる。労働者として人間らしく働ける。そうした、生きていくうえでの前提条件を税で整えることによって、結果的に労働者の質は高まり、経済成長につながって次の税収が生まれていく。これを「租税再生産説」と言います。

 

ただ、主流の経済学では議論が逆立ちしています。経済を成長させる手段としてしか財政を見ない。財政を量に置き換え、GDP(国内総生産)の不足を埋めるために財政をどう動員すべきか、という論理構成になっています。

 

しかし、財政は量ではなく質的な存在です。どんなサービス給付なら将来不安を解消できるか。財源をどの税で、誰から調達すれば公正だと思えるか。財政は民主主義と連帯のつなぎ目です。国民は議論を通じて財政を決め、財政を通じて皆が支え合い、公正な社会をつくっているのです。

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