困難の連続だったICCでの仕事
その後、2018年3月に、日本人で3人目となるICCの裁判官に就任しました。覚悟はしていたものの、ここでの仕事は想像以上にハードなものでした。毎日が困難の連続です。金曜日の夜に家に帰ると、「なんとか今週も無事、家に帰ることができた」とほっとするような日々でした。
裁判官の仕事は公平性や公正さが求められ、誰もが納得する判断を下さなくてはなりません。ところが「ローマ規程」の体系は、まだ新しいこともあり、きちんと確立されていない部分があります。手探りで試行錯誤せざるを得ないことが多いのです。しかもそれを、日本人がほとんどいない環境で、外国語で行わなくてはなりません。
ICCの業務は、公用語である英語とフランス語で行われます。私は帰国子女ではなく、英語でさえもネイティブといえるレベルではないので、大変な苦労をしました。そのうえアグレッシブで自己主張の激しい欧米の人々と、対等に渡りあわなくてはならないのですから大変です。
このように苦労は多いものの、世界の平和と安定のために、世界中の法曹のプロフェッショナルと力を合わせて仕事をすることのやりがいは大きく、とてもエキサイティングでした。
三淵嘉子のようなロールモデルが重要
いずれにしろ今、このようなやりがいある仕事をさせていただけるのは、これまで応援してくださった多くの方がいたからです。まずは大学や法曹の分野へ進むことを後押ししてくれた両親に、心から感謝しています。中学高校の先生方からも、たくさんの励ましや応援をいただきました。先生方には、社会で活躍することが、その後に続く女性たちの励みになるとの思いがあったのでしょう。
人生において「自分もこの人のように生きたい」と思えるロールモデルの存在はとても重要です。
私にとっては小学校の頃に偉人伝で読んだ、キュリー夫人やヘレン・ケラーがそのような存在です。2人はさまざまな困難を抱え、苦労しながらも、決して夢をあきらめませんでした。努力を積み重ね、社会に大きな影響を与える偉業を成し遂げました。小学生の私は、そんな2人の生き方に感動し、自分も彼女たちのような生き方をしたいと思ったのです。
NHKの朝ドラ「虎に翼」のモデルとなった三淵嘉子さんも、法曹界で働く女性のすばらしいロールモデルです。彼女は今よりもっと男尊女卑の風潮が強かった時代に、日本初の女性弁護士となり、女性として初の家庭裁判所所長を務めました。そのご苦労は並大抵ではなかったでしょう。三淵さんのような先輩がさまざまな困難を乗り越え、道を切り開いてくださったからこそ、今日の私たちもあるのだと思います。
また今後は私自身が、次の世代の模範となるような仕事をしていかなくてはならないと考えております。
日本のリーダーシップで平和な世界の実現を
ICCの職員は現在、1000人ほどですが、そのうち日本人は10人前後。主要なポストのほとんどは、ヨーロッパの人々が占めています。ICCにもっと日本人の職員が増えることが、日本のためにも、世界のためにもなると考えています。
日本は明治時代に海外から近代的な法制度を学んで取り入れました。さらに戦後、アメリカから新しい法律的な考え方も取り入れました。大陸法と英米法の異なる考え方を上手に咀嚼し、日本の歴史や文化、社会に合う形の法制度を構築し、実践してきました。
その経験は、多くの国々の支援に活かせます。またそのようなことを実践してきた日本の法曹関係者は、世界的に見ても非常にレベルが高いと思っています。
ですから今後、日本から、国際刑事司法の分野に挑戦してくれる若者が、続々と現れることを期待しています。そのためには日本の大学で、戦争犯罪や人道に対する犯罪、国際刑事司法について学ぶ機会をもっと増やす必要もあるでしょう。
ICCでは政治や会計、マネジメント、ITなど法律家以外のプロフェッショナルもたくさん働いています。そのような多様な人々が活躍する国際機関で働く経験は、キャリア上での大きな力となり、日本のためにも大いに役立てることができるはずです。
ICCの課題は、アジアに加盟国が少ないことです。アジアの加盟国を増やすには、ICCの存在やその意義を、アジアの人々にもっと知ってもらう必要があります。そのうえでも、日本が大きな役割を果たせるでしょう。
ちなみに現在、ICCではアジアでの活動拠点として、事務所を設立する計画も進んでおり、東京も有力な候補の1つとなっています。
日本は今後、アジア各国と力を合わせながら、国際刑事司法の分野で強いリーダーシップを発揮していくべきです。いずれはICCが、世界の刑事裁判所のようなものに発展し、世界の平和と安定に大きく貢献する。
そんな日を夢みて、所長としての責務に全身全霊で取り組んでまいります。