• 文芸

人はなぜ"書かずにはいられない"のか(中江有里×上田岳弘)

  • 対談

欠落があるから人は文章を書く

中江 やはり何か欠落しているものがないと、人はわざわざ文章を書こうとは思わないですよね。私は記憶を言語化すること、文章化することも大事なことだと思っています。実は『水の月』の姉妹の母親は、私の母をモデルにしています。

 

私の母のがんが発覚した時、私は混乱し、冷静にならなくてはと思い、母の病気のことを文章にしようと考えたんです。そんな時、この小説の依頼をいただき、この作品で母のことを書くことにしました。ただ、今この作品を読み返すと、あんなにつらい出来事だったのに、細かなことを忘れていることが多くて驚きます。

 

上田 ぼくも小説を通してものごとを記録しておきたいとの思いがあって、『旅のない』というコロナ禍の出来事を、書き方としては日記のように綴った短編集を書きました。その作品をあらためて読んで、ぼくも人間というものは、つくづく忘れるものだと思いましたね。

 

中江 私は母の病気について書くことで、つらい気持ちを吐き出したいとの気持ちもありました。文章として吐き出さないと、不安や恐怖といった感情に、自分が呑み込まれそうな気がしたんです。文章にすることで母の病気を客観的に、俯瞰したかったんです。

 

上田 そんな風に自分を救済するために小説を書く作家は少なくないと思います。

 

中江 そんな一人に、『いのちの初夜』を書いた北條民雄がいます。彼はハンセン病を患い、施設に隔離されていました。彼の作品には不治の病にかかった絶望のなかで、わずかな希望を見出していこうとする心の逡巡が見事に描かれています。

 

作家になる前の北條は川端康成に、自分の作品を読んでほしいと手紙を送ります。川端は忙しい人なので、すぐには返信できません。北條は不安になって、何度も手紙を出しました。そのかいあって、最終的に川端が北條の作品のすごさを認め、彼の作品は世に出るのです。

 

上田 手紙が一人の偉大な作家を生み出したわけですね。

SNS時代のメールの意味

中江 上田さんは手紙やメールで、誰かと深いやり取りをした経験はありますか。

 

上田 学生の頃は友人と熱いメールのやり取りをしていた時期もあります。でも年を取ってくると、だんだんそのようなことは恥ずかしくなってきますね。プロの作家となってからは書きたい欲求が満たされているため、プライベートで深い手紙やメールを書く機会はすっかり減りました。

 

中江 最近はLINEなどでの短いメッセージのやり取りが主流ですよね。『水の月』を書きながら、今どきこんな長いメールのやり取りをする人間なんていないだろうと自分でつっこんでいましたが(笑)、これくらいの長さがないとやはりこの物語は進まない。あくまで創作ですしね。

 

上田 LINEやSNSの時代だからこそ、逆に手紙や長文のメールが文学として成立する側面もあると思います。

 

中江 今は誰とでもすぐにLINEを交換してつながれるようになったけど、その後、まったく連絡しないアカウントも多いですよね。人間関係は以前より、浅くなった気がします。『水の月』のような長いメールをやり取りする深い関係性は、なかなか築けません。

 

上田 SNSが人々の生きづらさや無力感を加速させている面は確実にあると思います。だからこそ、手紙や長いメールによる深いコミュニケーションが見直されるべきだとも思います。

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