• 社会

ヒグマのプロが語る クマ対策の誤解と課題

「本当にクマは増えたのか」——北海道・標津町でヒグマ捕獲と調査に30年以上携わる筆者は、出没報道の過熱と“推計値頼み”の議論が実態を歪めていると警鐘を鳴らす。猟友会任せの脆弱な体制、法的制約と賠償リスクで現場は限界。人里に出た個体は迅速に捕獲するしかない――そのうえで、警察に即応チームを育て、保護区運用を見直す「人間優先」の熊管理を提案する。

(月刊『潮』2026年1月号より転載)

クマの数は本当に増えているのか


私は北海道東部の標津町を拠点に、ヒグマ捕獲や野生動物調査を行うNPO法人「南知床・ヒグマ情報センター」の主任研究員をしている。本業は自動車修理工場の経営だ。これまで30年以上にわたってハンターに同行し、ヒグマの追跡、捕獲に携わってきた。2006年に設立した「南知床・ヒグマ情報センター」は、09年より標津町から委託を受け、ヒグマなど野生鳥獣の管理業務を行っている。また、ヒグマの出没情報が住民や行政からあった場合にはハンターとともに出動し、捕獲を行っている。なお、私自身は狩猟免許、猟銃を保有せず、銃の使用はハンターに任せている。


この標津町におけるヒグマ対応は、通報から捕獲まで私たちのNPOだけで完結している。そのため猟友会の出動はない。クマ捕獲のプロフェッショナルが一貫して対応する地域は珍しい。標津町と、知床財団が業務を請け負っている斜里町ぐらいだ。ほかの地域は、本州を含めてみな各市町村の猟友会頼みになっている。


強調しておきたいのだが、猟友会はヒグマ捕獲のプロフェッショナルではない。そもそも猟友会は狩猟の愛好家たちの団体であり、会の趣旨としては釣りクラブなどに近い。クマの狩猟に熟達したハンターのいないところもある。そうした団体にヒグマ対応を依存する現状にはやはり限界がある。


近年、クマをめぐる話題が大きく報じられている。とくに25年秋には、クマの出没や被害が連日トップを飾かざるまでになっていた。不安に思う読者も多いだろう。


現場にいる身から率直に思うのは、報道の過熱によってかえって問題が見えにくくなっていることだ。数年前なら目撃情報は、テレビはもちろん新聞のニュースにもならなかった。それが現在は他地域の目撃情報さえニュースになっている。クマの脅威が高まっているように感じるとすれば、それはメディアで触れる機会が増えた影響が少なからずあるだろう。


では、実際にクマの数は増えているのか。ここに日本のクマ政策の問題がある。じつは、日本列島に今現在どれだけの頭数のクマが生息しているのか、誰も正確に把握していないのだ。日本では北海道にヒグマが、本州ならびに四国ではツキノワグマが生息している。それぞれの個体数について「このくらいいる」といった報道が見られるが、それらはすべて推計値だ。数が減った、増えたと言っても、前回値をもとに推計し直しているに過ぎない。私は自分の経験を踏まえて、個体数の正確な把握は不可能だと断言したい。


たとえば、研究者の間では「知床半島のヒグマの生息頭数は400から500頭だろう」と推測されてきた。23年に知床ではヒグマの出没が大量に確認され、この年だけで185頭が有害駆除された。加えて餓死した個体も相当数いるはずだ。そのため、当時は推計値に基づいて「従来の半数近くまで減っているんじゃないか」と言われていた。にもかかわらず、24、25年の出没数は例年と大差がなかった。すなわち、机上の推計と実態との間に大きなずれが生じているのだ。恐らく、本州のツキノワグマについても同じことが起きているはずだ。


重要なことは、推計値を当てにしてクマ政策を考えても後手後手の対策にしかならないということだ。行き当たりばったりの政策変更では、クマの捕獲を行う現場にしわ寄せがくるばかりである。

人里にきたクマは捕獲するしかない


一口にクマの捕獲といっても、決して簡単な仕事ではない。私たちの地域でクマが目撃されると「南知床・ヒグマ情報センター」に連絡がくる。基本的に私に直接電話がくるような体制になっている。情報が寄せられると即、現場確認に急行する。痕跡を発見し、足跡一つで個体の大きさを見分け、地形を鑑みながらどこへ移動したか追跡するのだ。このとき、目撃から30分も経ってしまうとクマの痕跡を調べて追跡することは難しくなる。クマ出没への対応は初動が極めて大切であり、すぐに出動できる体制を整えておかなければならない。


目撃されたのが市街地から離れた場所だった場合、現場を確認して被害は出ないと判断できれば、それで活動は終了となる。


一方、市街地や通学路、人間の生活圏に出没した場合は、捕獲を前提に現場に当たっていく。ちなみに北海道の猟師にとって「捕獲」はそのまま駆除、殺処分を意味する。銃を扱えるハンターとともにクマを追跡するのだ。


保護派の人々は「威嚇して山に戻せばいい」と言う。しかし、クマが人間の領域に入ってしまった場合、捕獲しない限り市民の安全を守ることは、本質的にはできない。クマは本来、山林で魚や木の実を食し生活している。それが人里まで下りてきて畑の作物やゴミを漁るなどした場合、「ここ(人間が住む地域)にはエサがある」と認識する。クマはそのことをずっと覚えており、たとえ銃で威嚇して追い払ったところで何度でも人里へ下りてくる。


2025年7月、北海道南部の福島町で新聞配達員の男性がヒグマに襲われて死亡する事故があった。このクマは駆除されたのだが、体毛のDNA型を鑑定したところ別の事故との関連がわかった。21年7月、同町で農作業中の女性がヒグマに襲われ死亡する被害があった。25年に駆除されたヒグマは女性を襲ったクマと同一個体だったのだ。女性を殺害して「人間は自分よりも格下だ」と学習してしまった個体が、4年経って再び人間を襲った格好だ。だから、一度でも人間の世界に足を踏み入れてしまったクマに対しては捕獲しない限り、住民の安全を確保することはできないのだ。

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