• 社会

精神疾患の親を持つ子どもたちの見えない悩み。"子ども"でいられなかった人々を支援する青年の挑戦。

初めて他者とあるある話ができた


当事者としてかかわることになった相澤さんは、まず驚いたことがある。


「親が精神疾患を持っているというのは、何か一言で言い表す言葉がないと思っていたので、CoCoTELIを見つけたときにありがたいなと感じました。驚いたのは、それぞれ別々の疾患を抱えている親に育てられているにもかかわらず、"あるある"と共感できる話が当事者間でいくつも共有できたことです。こうした場所でしか思いを分かち合うことはできないし、当事者にとって本当に居心地のいい空間だなと感じています」


その後、ピアサポーターの養成講座を受講し、現在は当事者からの相談にも乗ることがある相澤さん。もっとも気を使っていることはなにか。


「よくいわれる"傾聴"をするうえでの技術面は、あえてあまり意識しないことにしました。最初のほうこそ相手と同じ表情をしてみたり、遺児支援の現場で学んだことを実践していたのですが、私は当事者でもあるので、素の自分で対峙したほうが、当事者のみんなの役に立てることに気がついたんです」

見えにくい問題を政策課題にあげる


精神疾患の親を持つ子どもという視点は、貧困や虐待に比べて、「何が問題か」が見えにくい難点がある。子どもや親が経験する困難は可視化されにくく、「家族は支え合って当然」とする価値観が根強い日本においては、子どもが経験する社会的孤立や精神不安に目が向けられることが少ない。だが平井さんが団体を立ち上げると、「自分も問題だと考えていた」という声が当事者たちから寄せられた。「当事者が親の世代になり、30代40代の寄付者様が多いことも、当団体の特徴かなと思います」と平井さんは言う。


団体の収益構造については、寄付が7割、残りが助成金で賄われている。今後、それらをどう変革していくかも課題だと平井さんは語る。


「なかなか収益化しにくいビジネスモデルだという自覚はあります。本来は、公的な機関が行わなければならないことを、一介のNPO法人がやっている現状があります。ただ、ここで社会的な意義を示すことによって、より政策にそれを反映してもらうことが私の展望でもあります。この領域の実践はまだまだ進んでいません。単に問題を指摘するだけに留まらず、運動体として、存在感を示していくことが私の仕事なのではないかと感じます」

家族をめぐる固定観念の苦しみ


誰かを悪者にして進む社会は、弱者が声をあげることを封じる。「働けないのは自己責任」「精神を病むのは弱いから――そんな偏見が当事者を追い込む。そのなかには、「親なのに精神的に不調なんて甘え」という辛辣な声もあるかもしれない。反対に、「家族は助け合うべき」という倫理観の押しつけもあろう。"一見正しく思えること"が幾重にも重なって、家族ごとを苦しめる。


全国津々浦々に散る、精神疾患の親を持つ子どもたち。家族の心配で落ち着かず、"子ども"でいられる時間はわずかだったのではないか。そんな古傷が知らぬ間に増えてゆく。そして、幼いころにつけられた傷は、月日が経ってもなかなか癒えない。平井さんの挑戦は、そんな過去と格闘する人たちに寄り添う試みであり、また明日も前を向くための未来を引き寄せる福音となるだろう。

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