「親から愛されていていいわね」
かつて相談者として「CoCoTELI」の門を叩き、現在は支援をともに考えるピアサポーターがいる。相澤浩子さん(仮名)、現役の大学生だ。双極性障害とパニック障害のある母親と、鬱病と統合失調症のある父親の間に生まれ、2歳のときに両親は離婚した。
母親から言われた言葉のひとつが、いまでも杭のように心に残っているという。「浩子は、親から愛されていていいわね」。相澤さんの祖父、すなわち自身の父親から虐待されて育った母親は、実の子どもである相澤さんにその嫉妬とも受け取れる感情を向けた。
離婚した父親もまた、相澤さんにとっては向き合うのにエネルギーの必要な存在だった。彼女が中学校へ入学したころ、母親を介して「会いたい」と言われて応じた。そこでしたさまざまな会話を現在もなお覚えている。
「まず、当時交際していた女性がいて、すでに子どもが生まれていることを知りました。また、月に1回くらいは面会をするようになったのですが、『自殺をしようと思って部屋にくくりつけた首吊り用のロープも、浩子のおかげで最近は外せているんだ』と打ち明けられ、何を思えばいいのかわからなくなりました」
親に依存される重圧とストレス
その後も父親との交流は続き、ときには自宅に宿泊することもあったが、腹違いのきょうだいが相澤さんに似ていることを伝えられ、「それなら私なんていなくてもいいじゃないか」と虚脱感を覚えたという。また、かつては常に部屋にあったという首吊り用のロープに思いを馳せて、「自分の言動次第でこの人が死んでしまうかもしれない」と重圧を感じるようになった。
父親に会えることを当初は楽しみにしていた相澤さんも、徐々に「腹違いのきょうだいには父親がいるのに、なぜ自分にはいないのか」と考えるようになる。父親が新しく生まれた子どもについて言及するたびに、自分の存在が揺らいだ。そのストレスは逆流性食道炎という形で身体症状として現れるまでになり、相澤さんは父親から距離を置いた。その理由をこう話す。
「一時期は、それこそ父を『殺してやろうか』と思うほど悩みました。けれども、そんな自分がどんどん嫌いになっていくことに気づいて、距離を遠ざけようと思ったんです」
もっとも身近な大人に頼れない
大学生になった相澤さんは、遺児支援を行うための養成講座を受講し、ファシリテーターとして活動を始めた。「子どもが嫌い」と話す彼女が、遺児支援にかかわるようになった経緯は次のようなものだ。
「私自身、母親が精神疾患のため働くことができない家庭で育ち、学生時代は生活保護世帯で暮らしていました。支援をしてくれていた団体の寮で生活をしていたので、学内にある施設は身近な存在でした。当初、子どもの支援がしたいというよりも、ファシリテーターの養成講座を受けることでコミュニケーション能力が上がると聞いて、それで受講した側面もあります。
元来、私は子どもが嫌いだと思っていましたが、実際に遺児支援をしてみると、そうした感情が薄らいでいるのを感じました。親を亡くした子どもたちと親が精神疾患を持っている私とでは、正確には状況は異なるものの、本来もっとも身近であるはずの大人である親に頼れない状況があった点が似ています。そうした子どもたちのピアサポーターのような存在になれるよう、支援をしてきたつもりです。
活動を通じて、本来は自分は子どもが嫌いなのではなく、頼ることのできる両親がいて幸せそうにする姿を直視しづらかったのかもしれないと感じました」
「CoCoTELI」の門を叩いたのも、実は最初はピアサポーターとしての参加を希望したからだった。平井さんやソーシャルワーカーの人たちとの数回にわたるオンライン面談を経て、「自分はケアをされる側なのではないか」と漠然と考えていたことが確信に変わった。