「双葉山に会って話しました」
内館 当時、私は横綱審議委員会の委員で、横綱の品格をめぐって朝青龍とバトルを展開していました。なので、双葉山に相談したんです。
嵐山・南 双葉山の霊に相談!(爆笑)
内館 はい。「私は朝青龍の天敵と言われていますので、もう少し手加減したほうがいいでしょうか」って。そしたら、天下の双葉山が答えたんです。
嵐山・南 え? 何て!?
内館 「思った通りにやりなさい。私が後ろについておる」って。
嵐山・南 ほぉーッ!
内館 がっぷり四つでやってやると思いましたよ(笑)。それで東京に戻るなり時津風理事長(当時)に電話したんです。「双葉山に会って話しました」って。理事長は双葉山の弟子ですから、「は?」ですよ。それで双葉山とのやり取りを伝えて「私はこれからも思った通りにやります」と宣言しました。理事長は「任命したときから、あなたには覚悟してる。思うようにやりなさい」って。
南 イヤァ、いい話ですね。
嵐山 僕は琴ヶ濱が好きだった。
内館 内掛けの琴ヶ濱! 真っ先に琴ヶ濱が好きと言う人に会ったのは初めてです。
嵐山 関脇くらいになる力士は必ず左の内掛けなんですよ。僕は小学校のころに内掛けを研究したけれど、あれが決まると気持ちがいい。上手出し投げとかもやった。
南 上手出し投げはやりましたね。「土俵の鬼」若乃花がけっこうやってた。
嵐山 大起も好きだった。
南 大起は閂しか技がないのかって思うくらいに、いつも閂でしたね。最初から双差しさせる。脇、ガーッて開けて立ってる。ボーッとしてて、大起好きでしたね。
嵐山 いまの照ノ富士みたいだ。
南 ぶちかましの松登もよかったですね。松登もぶちかまし専門。
内館 松登! 気が弱くて、大関落ちた時にポロポロ泣いて。
南 でも、ぶちかまし一本で大関までいったんですよね。相手がひよって変化したら土俵下まで一直線なんですから。強かったんですね。
内館 なのに、顔はおばさんっぽいんですよね。
南 あはは、そう。まん丸で。
内館 お二人とも変わった趣味ですね(笑)。大起や松登が好きというのも初めてです。
嵐山 松登は純朴な性格で、おばさんというより、まるで哲学者みたいな表情をする。(笑)
内館 私、初恋は鏡里なんです。第42代横綱。
嵐山 初恋が鏡里なんて、それもかなり変わってる。年がバレちゃうね(笑)。1950年代の横綱ですよ。
内館 初恋、4歳でした。(笑)
嵐山 僕は初めて連れていってもらった花相撲(本場所以外の興行)で鏡里を見ました。色白でポッチャリしてるんだけど、仕切りのときになるとグーッと顔や体がピンク色になるんですよ。
南 あー、そうなんですか。鏡里なら現役で知ってます。
嵐山 そう。あの当時はテレビ放送なんてやってないから、NHKラジオで聴くんですよ。で、次の日の新聞に分解写真が出る。
内館 分解写真! 何十年ぶりかで聞きました。若い人は絶対に分からない。
南 コマ送りの写真ですね。分解写真はテレビでもやってましたよ。スローモーションになる前ですね。鏡里のころは、たしか千代の山と吉葉山と栃錦の四横綱でしたよね。そのあとに若乃花が横綱になる。子どものころは、鏡里はそんなに人気ないと思ってましたけど、メンコには相当なってるんですよね。今、見ると。
嵐山 そうそう。当時は力士の顔をメンコで覚えたんだよ。
内館 メンコには、「気は優しくて力持ち」の、昔ながらの力士像が合うんです。私、稀勢の里が横綱になったときに「久しぶりにメンコみたいなお相撲さんが現れた」って新聞に書いたんです。ずいぶん長い文章だったのに、その一行だけが大絶賛されました。(笑)
嵐山 吉葉山はすぐ投げられてお腹に砂がつく。だから、漫画に"横砂"なんて書かれてね。
南 学校の音楽室に作曲家の肖像画が張ってあったじゃないですか。ヘンデル(バロック時代の作曲家)が吉葉山にそっくりなんですよ。なかなか賛同してくれる人がいないんだけど。(笑)
内館 ヘンデルと吉葉山……。画家が見る目は、違う。
南 いやいや、ホントに似てるの。僕は四横綱のなかだと千代の山と栃錦が好きでした。友だちの家で飼っていた2匹の土佐犬の名前が「千代の山」と「栃錦」だったんです(笑)。最初はお相撲さんの名前なんて知らなかったんですが、四股名を先に覚えてて、ヒイキになった。
嵐山 みんなはその後の"栃若"が好きなんだよ。栃錦と若乃花。
南 そう。だけど僕は千代の山と栃錦だった。
嵐山 土佐犬のおかげで。(笑)