2026年1月3日、米軍がベネズエラを電撃攻撃。マドゥロ氏夫妻を拘束し、ニューヨークへ移送した。トランプ政権は「国家元首ではなく犯罪者の逮捕だ」と主張している。トランプ大統領の本当の狙いは何か。ベネズエラ政治の経緯、石油利権、周辺国・中露の出方まで俯瞰し、この作戦が国際秩序へ植え付けた「危険な種」を検証する。アジア経済研究所主任研究員 ベネズエラ担当・坂口 安紀さんへの取材。
(月刊『潮』2026年3月号より転載)
| 記事のポイント |
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| トランプ政権は、マドゥロ氏を「正統な国家元首ではない/国際犯罪の首領」と位置づけ、軍事行動を“法執行”だと主張 |
| 民主化支援→麻薬対策→西半球支配→石油――発信が変節する背景に、政権内の様々な声や中間選挙への思惑が見え隠れする |
| トランプ大統領の論理を強めると他国の侵攻や介入の正当化にもつながりうる——台湾・ウクライナ問題など国際秩序への波紋への懸念 |
マドゥロ氏とはどんな人物か
2026年1月3日未明(現地時間)、米軍はベネズエラの首都カラカスで軍事作戦を電撃的に実行した。独裁政権を率いてきたニコラス・マドゥロ夫妻は特殊部隊に拘束され、アメリカのニューヨークに移送された。
マドゥロは、2024年選挙で敗北した証拠が公開されているにもかかわらず、武力で実効支配を続けていた。つまり正統な大統領ではない。トランプ政権はこの認識に立ち、マドゥロは国家元首ではなく、むしろ国際麻薬組織の首領であるとし、「アメリカの安全保障と治安を脅かしている」「今回の軍事行動は犯罪者逮捕というアメリカの法執行の問題であり、国際法違反には当たらない」と主張する。
2020年、マドゥロはニューヨークの連邦地方裁判所で起訴されている(麻薬テロ共謀やコカイン密輸共謀など4件)。拘束と移送を経て、本年1月5日には早くもマドゥロ本人が出廷して刑事裁判が始まった。
なぜアメリカに拘束される事態に陥ったのか解説する前に、マドゥロ政権が誕生した経緯を簡単に振り返っておこう。
前任のウーゴ・チャベス大統領は、1999年2月から2013年3月まで14年間にわたる長期政権を築いた。チャベスは反米・急進左派的な考えの持ち主であり、キューバのフィデル・カストロ議長をメンターとして仰いでいた。国際社会において「世界の一強」として振る舞うアメリカへの強い反発があり、チャベスとアメリカはずっと対立してきた。
10代で左翼政治活動を始め、バスの運転手となったマドゥロは、チャベスが92年2月に軍事クーデター事件の首謀者として逮捕された当時、チャベスの支援グループメンバーとして参加する。その縁でマドゥロは国会議員に転身し、06年から6年間にわたって外務大臣を務めた。
ガンを患っていたチャベスは、2012年10月にマドゥロを副大統領に任命した。2013年3月にチャベスが逝去すると、チャベスに後継指名されたマドゥロが暫定政権を樹立する。さらに選挙を経て大統領に就任した。
2回目(2018年5月)と3回目(2024年7月)の大統領選挙は、いずれもマドゥロが勝利を宣言しているが、多くの反政府派の有力政治家を排除した中で実施された茶番選挙であった。
反政府派連合を率いる元国会議員マリア・コリナ・マチャドは、弾圧を受けながら民主化闘争を戦ってきた。逮捕すると脅され実際に一時的に拘束されたこともある。それでもマチャドは国内にとどまり潜伏生活を送りながら、インターネットを駆使して民主化運動を展開していた。
2025年12月、ノルウェーのオスロで彼女にノーベル平和賞が授与された。出国禁止命令が出されているマチャドはそれをかいくぐり命の危険を冒しながらオスロに到着した(式典には間に合わなかった)。こうした情勢下で、トランプ大統領は軍事作戦とマドゥロ拘束に踏み切ったのだ。
変節するトランプ政権の主張
2013年にマドゥロ政権が誕生して以降、ベネズエラの経済は破綻の一途をたどった。彼はチャベスの忠実な部下だ。チャベスが進めた経済合理性のない経済政策を引き継いだ結果、わずか7年でGDP(国内総生産)は5分の1まで縮小した。ハイパーインフレは13万%まで爆発している。IMF(国際通貨基金)は100万%を超えるとも見積もっており、インフレの実態はさらにひどい。
このような経済状況でありながら、なぜ政権交代が起きないのか。それは、国軍を掌握し、反政府派の政治家やジャーナリスト、人権活動家や一般市民を弾圧し、次々と投獄してきたからだ。
マドゥロ政権の茶番選挙や人権弾圧を止めるために、アメリカは強く働きかけてきた。第1期トランプ政権期(2017年1月〜21年1月)には、金融制裁(2017年)と石油制裁(2019年)を発動している。二つの経済制裁はベネズエラを追い詰めたものの、マドゥロ政権は倒れなかった。
2025年1月に第2期トランプ政権が成立すると、トランプ大統領はベネズエラの民主主義の回復に言及しなくなった。トランプの言説は、麻薬取引と国際テロ組織の撲滅へと一気に切り替わる。
マドゥロ政権と国軍内部の多くの人物が麻薬取引に手を染めているとされ、「太陽カルテル」と呼ばれてきた。また国際的犯罪組織「トレン・デ・アラグア」もマドゥロ政権との関係性が捜査線上にあがっている。この二つの組織をトランプ政権は「国際テロ組織」と認定し、マドゥロがそれらの首領であると主張する。
「これはアメリカ国内の治安の問題であって、外国への内政干渉ではない」「マドゥロは選挙に負けたにもかかわらず実効支配を継続しているだけで、正統な大統領ではない。アメリカ社会を不安とリスクにさらす一犯罪者を法廷に引きずり出すのは、あくまでもアメリカの法執行の問題だ」
これがトランプのロジックだ。
