『1+1』(ワン プラス ワン/井上荒野著)刊行を記念したトークイベント「食と飲み物、そして人。ペアリングと小説を語る」が開催されました。お二人に新刊小説の魅力と、SNS時代に本を読む意味をお伺いしました。
(パンプキン2026年4月号より転載 撮影=本浪隆弘 取材・文=小山田桐子 司会=編集部)
――お父様が文筆家など、共通点も多く、深い親交を結ばれているお二人。食の風景を多く描いてきたことも共通していますが、食を大切にされる理由とはなんでしょうか。
井上 そういうふうに育ってしまったから、だと思うんですよね。私の父は貧乏で苦労してきたんだけど、その反動か、とにかく本当に美味しいものしか食べたくない人。だから、うちの母はものすごく頑張って、料理の鉄人みたいになった人なんです。昼からうどんを打ったり、蒟蒻芋から蒟蒻を作ったり。そういう家に育ったので、必然的に私は食べることが好きになっていたんですよね。
江國 私も同じ。母は料理好きで、父は食べることが大好きで。やっぱり自分も好きになっていた。『荒野の胃袋』を再読して、改めて荒野さんとそっくりだなって。例えば、カニカマをお父様は馬鹿にしただろうって書かれてたけど、うちの父もそういう人だったから。
井上 そういう父のもとに育ったってところも、似てるんだよね。
江國 いろいろ似ててびっくりしちゃう。
正解の組み合わせなんてない
――パンプキンで連載されていた『1+1』が、単行本化されます。食べ物と飲み物、特別な二人の人間関係という二重のペアリング構造はどのように生まれたのでしょうか?
井上 食べ物関係で小説を書いてほしいというオファーがあったんですけど、雑談でビールに合うつまみの話をしている時に、ひらめいたんですよね。ペアリングならいけるかもしれないって。ただ、いざ書くとなったら、難しいこと言っちゃったなって(笑)。それで、いろんな方面の知人に美味しい組み合わせを聞いたんですけど、美味しさって本当に個人的な記憶なんだなって段々わかってきたんです。万人が正しい組み合わせだと思わなくても、当人がこれは美味しいと思えばいいんだって。カレーと牛乳だっていい。そう考えたらぐっと楽になりましたね。
江國 俳句の結社を中心に、その関係者もいっぱい出てくるでしょう。様々な年代の人たちの人間関係がまた面白くって。
井上 うれしいな。
江國 荒野さん上手だから面白いだろうとは思ってたんだけど、食べ物にフォーカスがもっと当たっているイメージだったの。食べ物を引き立てるための物語になってるのかなって。でも、読んでみたら、がっつり小説だったから、読み応えがあってちょっと感動的に面白かった。私がいちばんぐっときたのは、メロンパンとインスタントスープの回。
井上 この話は私の高校時代の鬱屈を書いた一編なんですよね。高校が大っ嫌いで。
江國 私も学校嫌いだった。
井上 あの頃って、メロンパンにハマったりするじゃない。今食べてもあんまり美味しいと思わないかもしれないけど、放課後、「あー、学校終わった」って言いながら食べるメロンパンってちょっと特別だと思うの。
江國 メロンパンは私もすごく好きなんだけど、実際のところそんなに美味しくないんだよね。中のパンと外側のクッキー部分とのバランスが悪すぎるし。よくよく考えると、味というより、メロンパンという言葉のもつものが好きだった気がして。
井上 言葉が美味しそうなんだよね。
江國 高校時代の鬱屈といえば、俳句結社に入った高校生が作った俳句がすごかった。「薄氷体育教師のバカヤロー」っていう(笑)。ストーリーは忘れちゃってもこれだけは何年経っても覚えているような気がする。
物語は瞬間に宿る
――井上先生はペアリングが、物語にどんな効果をもたらしたと感じられていますか。
井上 さっきもふれたように、小説的に正しいペアリングというのは、その時そこにいる人たちが美味しいと思った組み合わせなんですよね。後日、同じペアリングを試しても、あんまり美味しいと思わないかもしれない。だけど、この物語の瞬間、それはやっぱり唯一無二の素敵なペアリングなんですよ。物語は瞬間に宿る。そのことが自分で書きながら認識できたというのが大きいですね。物語ってずっと続いてるもののように思うけど、わりと瞬間的なものだよね。
江國 その通りだと思います。そういう瞬間がリアルに感じられる小説はいい小説ですよね。起承転結がくっきりしてるとか、どんでん返しがあるとか、私たちはわりとどうでもいい(笑)。そういう瞬間の起爆力とか掛け替えのなさがなくて、伏線とか粗筋だけの小説だったら、読んでいて疲れちゃう。
――お二人が食の風景を描き続ける理由を改めて教えてください。
井上 その人物がどんな人か、自分自身書きながら探っていく必要がある時に、やっぱり私は食べ物関係で表現するのがいちばん納得感があるんですよね。例えばこの人は男とけんかして帰ってきた時に何を食べるだろう、と考える。人によって全然違う、食に対する考えや姿勢を描くことで、その人のことがわかってくるんですよね。そうすることで、自分の中で小説がもう一段ちゃんとした小説になっていくみたいなところがある。
江國 小説って気が強いとか、ちょっぴり涙もろいとか、そんな説明をされてもどうしようもなくて、どういう人かは具体的に見せたい。やっぱり私もその登場人物にとって食べることがどのぐらい大事かを考えますね。朝は必ずご飯と味噌汁が欲しいとか、コーヒーがないとダメとか、朝は何も食べたくないとか、そういうことで人物を見せたい。