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【特別インタビュー】斉藤暁さん 僕たちにこそ亡くなった人とのつながりが必要なのかもしれないです

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原発事故でフクシマが全世界に知れ渡った

斉藤さん自身、亡くなった人と不思議な体験をしたことがあるそうだ。


「元妻が離婚して17年後、病気で亡くなったことを息子が知らせてくれ、葬儀に参列はしなかったんですが、葬儀場のそばまで手を合わせに行きました。その後、旅公演先のホテルで寝ていると朝、元妻が座っているんです。見覚えのある青い着物だったんでわかったんですが、話しかけようとしたら消えていました。霊的なものやスピリチュアルとか、あまり信じるほうではありませんが、あいさつに来てくれたんだと思うんです。そうしたら悲しみがスーッと軽くなりました。だから今回の晃の気持ちはよくわかります。亡くなった人とのつながりは、生きている側の人間にとってこそ必要なんじゃないでしょうか」

 

福島は震災だけでなく、原発事故の被害にも遭った。いまだに帰還困難区域があり、除染土が残っている。斉藤さんに今の故郷への思いを聞いた。

 

「僕が勤めていたのは、郷里にある、福島中央テレビという局です。僕は23歳のときに局を辞めて上京しました。僕がテレビ局に勤めていたころの仲間が、まだ局に残っていて、その仲間に爆発したときのことを聞きました。

 

原発が爆発したときに逃げろ! と言われてもだれも逃げなかったそうです。報道の使命として伝えなきゃいけない、と避難しなかったんでしょう。本当はみんな逃げたかっただろうと思います。

 

何よりもあの事故で福島がカタカナのフクシマとして全世界に知れ渡ったことが残念ですね。だから今回の舞台のお話を最初にいただいたとき、風化させちゃいかん、そう思いました。ただ僕たちはどういうふうに伝えていくのか。最後には夢がないといけない。ぬるい言葉かもしれないけれど、癒しになればと思います」

 

内館作品にはこれまで何作も出演してきたが、直接お話をしたことはなかったことが「とても心残り。いろいろとお話を聞きたかった」と残念そうだ。舞台化されることをとても心待ちにしていた内館さんも、きっとどこかで見守ってくれているはずだ。 

斉藤さんは20代のころから趣味のトランペットを楽しんできた。仕事がない若いころ、何か支えが欲しいと思って始めたトランペット。好きが高じてバンドを組み、CDも発売。今年からボランティアで各地の老人ホームを回っている。作曲も自ら手がけ、80歳で20本の自分の歯を残そうという8020運動にちなんだ「8020」や故郷を歌った「ビューティ安達太良(あだたら)」という曲も作っている。

 

「老人ホームで演奏するとおじいちゃんやおばあちゃんたちが、すごく喜んでくれるんですよ」と、とてもうれしそうに笑う。冗舌ではなく控えめで、朗らかなお人柄が言葉から伝わってくる。東北の素朴な温かさにふれたような気持ちになってくる。

斉藤さんは20代のころから趣味のトランペットを楽しんできた。仕事がない若いころ、何か支えが欲しいと思って始めたトランペット。好きが高じてバンドを組み、CDも発売。今年からボランティアで各地の老人ホームを回っている。作曲も自ら手がけ、80歳で20本の自分の歯を残そうという8020運動にちなんだ「8020」や故郷を歌った「ビューティ安達太良あだたら」という曲も作っている。 「老人ホームで演奏するとおじいちゃんやおばあちゃんたちが、すごく喜んでくれるんですよ」と、とてもうれしそうに笑う。冗舌ではなく控えめで、朗らかなお人柄が言葉から伝わってくる。東北の素朴な温かさにふれたような気持ちになってくる。

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