直木賞作家の河﨑秋子さんが、月刊『潮』2026年7月号より新連載小説「明治大正カウガール」の執筆を開始される。主人公は保里ますという日米を舞台に活躍した実在の女性だ。河﨑さんはなぜ保里ますを主人公に選んだのか。日本酪農の黎明期を切り拓いた彼女の魅力と、小説を通して描きたいものについて俳優の高島礼子さんが迫る。(月刊『潮』26年6月号より転載)
知られざる偉人の生涯を描く新連載
高島 河﨑秋子さんは月刊『潮』2026年7月号(6月5日発売)から新連載小説「明治大正カウガール」を開始されるということで、その小説をめぐって語り合いたいと思います。
河﨑 よろしくお願いします。
高島 どのような小説になるのでしょうか?
河﨑 明治時代からを舞台にした歴史小説で、主人公となるのは保里ますという実在の女性です。明治元(1868)年に千葉県で生まれて、戦後間もない昭和23(1948)年に80歳で亡くなっています。
高島 私は不勉強で、この方のことをまったく存じ上げなかったのですが、どういう方なんですか?
河﨑 実は私自身も、今回の企画がスタートするまでほぼ知らなかった方でした。千葉県の郷土の偉人ではあるのでしょうが、一般的な知名度はけっして高くないと思います。
津田梅子は、明治初期に日米を往復して、のちに津田塾大学を開学しましたね。ほぼ同時期に、同じように日米を舞台に活躍したのが保里ますなんです。
明治21(1888)年に21歳で単身渡米して、17年間アメリカで活動し、イタリア系アメリカ人と結婚して明治38(1905)年に夫とともに帰国します。そして、千葉県の南房総に牧場を開くのです。
高島 津田梅子がいまや五千円札の顔になるくらいなのに、同時期に日米間で活躍した保里ますは、あまり知られていないですね。当時としては突出してすごい女性だったでしょうに……。国際結婚自体がごくまれだったでしょうし。
河﨑 ええ。"知られざる偉人"という印象です。だからこそ、今回の連載小説で保里ますの生涯を掘り下げて描くのは、私にとってもやりがいがあります。
高島 そもそも、どうして保里さんを主人公に選ばれたんですか?
河﨑 連載のお話をいただいて、どういう小説にしようかと担当編集さんと話し合って決めました。NHKの朝ドラ「あさが来た」(2015年放映)の原案本である『小説 土佐堀川』が潮出版社から出ていることは、高島さんもご存じですよね?
高島 はい。著者の古川智映子さん(2024年7月逝去)は、以前、この連載のゲストにお迎えしたことがあります。
河﨑 あの小説は明治の女性実業家・広岡浅子の生涯を描いていたのですが、同じように明治期に活躍した先駆的な女性の物語にしたいというのが、編集部側の意向でした。それともう一つは、日本の地方に光を当てるような物語にしたい、という希望も伝えられました。その二点に合う実在の人物を私と編集部で探して、見つけたのが保里さんだったのです。
高島 なるほど。
河﨑 私はずっと小説で明治時代を描いてきましたし、私自身が専業作家になるまで酪農の仕事を長く続けました。ですから、「日本の酪農発祥の地」を舞台に、パイオニアとなった女性を描くのは、私にぴったりだと思ったのです。
ただし、私は自分が生まれ育った北海道を舞台にし続けてきたので、千葉県とアメリカがおもな舞台となる今回の小説は、作家としてチャレンジではあります。
高島 広岡浅子にしても、古川智映子さんの小説が朝ドラになったことで一気に知名度が上がりましたけど、それまでは知る人ぞ知る存在でした。保里ますという"知られざる偉人"が、河﨑さんの小説を機に有名になるといいですね。
河﨑 そうなったらうれしいですねえ。もしもテレビドラマ化されたら、高島さん、ぜひ保里ます役で主演してください(笑)。