自分ごととして捉える平和学習の形
昨年の7月、私が通っていた幼稚園で園児と一緒に平和学習をする機会をいただきました。1日目は幼稚園のホールでカラー化した写真を展示させていただき、年長さんに観てもらいました。園児たちは「原爆が落とされて悲しかった」「この写真が笑っていてうれしかった」などと感想を書いてくれました。
他人事として、自分の世界から一歩線引きをしている「怖かった」という言葉ではなく、「悲しかった」や「うれしかった」という言葉から、園児自身が写真の中の人と自分を純粋に重ね合わせて感じてくれているのが伝わってきて、思わず涙が溢れました。
2日目は、園児と一緒に平和記念資料館に行きました。濵井さんの理髪店に掛かっていた皿時計が常設展示されていることを前日に紹介していたので、園児たちは、皿時計を見たときに「濵井さんだ!」と言ってバーッ! と駆け寄っていました。私が年長だったときは、資料館に対して怖い場所という印象を抱いていたので、今回はカラー化した写真を事前に見せて、「この写真に写っている方が大切にされていたものに会いに行く場所が資料館なんだよ」と園児たちに伝えていました。子どもたちもそのことはすごく感じてくれていたように思います。
実はこの平和学習を行う前日に濵井さんはお亡くなりになりました。とても悲しかったのですが、不思議なことに、私が戦争を経験していない世代に平和の大切さを伝える活動ができた時期と重なっていました。このことから、私自身も戦争は経験していませんが、戦争からさらに距離が遠い子どもたちに、戦争体験者の想いを継承していく使命を改めて感じました。
若者の自由な対話で核兵器のない世界を
2018年、私は高校1年生のときにアメリカのモントレーで開催された「クリティカル・イッシューズ・フォーラム」に参加しました。ここでは、核保有国の若者と非保有国の若者、核の傘下にある国の若者が、「核兵器禁止条約」をテーマに、プレゼンテーションと議論を行いました。
核保有国が条約にサインしていない現状がある中で、辿り着いた私たち若者の結論は「このまま核兵器を増やすのではなく、アメリカもロシアも核の傘下にある日本も、ステップは違えど目指すべきゴールは核兵器のない平和な世界だよね」というものでした。私の取り組みを発表すると、他国の参加者が、「カラー化した写真を観ると、原爆が遠い国の過去の出来事ではなく、身近に感じることができた」や、「広島に直接足を運びたい」などの感想を寄せてくれました。
また去年のG7広島サミットのレガシープロジェクト「若者たちのピース・キャラバン」で、英仏に派遣され、若者と交流する機会をいただきました。国家間だと難しい問題も、若者だからこそ歩み寄ることができます。国の首脳同士となるとどうしても「軍備増強をどうするのか」などという議論になるのですが、若者はそのようなしがらみがない分、自由に未来の平和を見据えた対話ができます。このプロジェクトに参加していたフランスの青年は、「フランスでは最近まで徴兵制があったけど、今の若者たちは徴兵を望んでいない。核保有国ではあるけれども、核を無くしてほしいと願っている若者のほうが多いんだ」と教えてくれました。
国家レベルではできない部分を、私たち若者が現地に足を運んで対話し、伝えていく。この地道な行動が、核兵器のない世界を作り上げる一歩なのだと強く実感しています。