ゲストとの軽妙なトークが人気をよんだ長寿番組「ライオンのいただきます」と後継の「ライオンのごきげんよう」の司会を務めたコメディアン・小堺一機さん。
小堺さんの芸能人生の転機には、往年の名優である故・勝新太郎さんや、小堺さんが大将と慕う萩本欽一さんから授けられた言葉があったといいます。
小堺さんが語る、スターたちとの心温まるエピソードをお楽しみください!
(月刊『潮』2025年1月号より転載。撮影=黒坂明美 取材・文=荒川龍)
「自分ひとりだけで役作りをするな」
ぼんやりと聴いていたラジオ番組にふいに耳がとまった。デビューした年が同じ俳優の岸本加世子との対談で、コメディアンの小堺一機が、往年の名優である故・勝新太郎から授かった警句を明かしていた。それが「自分ひとりだけで役作りをすると、現場の空気感と違ってくる」だった。
嫌な言葉だが「コスパ」を考えれば、台本をひと通り読みながら自分のセリフに傍線を引き、自分なりの演技イメージを考えるほうが、現場でも他の俳優に迷惑をかけないだろうし効率的にも思える。
しかし、勝の考え方は違っていたと小堺は言う。勝の警句の真意は、目先の「コスパ」を蹴散らして余りあるほど理にかなっていて、そのくせ人肌の温もりと奥行きがあった。
小さな損得勘定に目を奪われやすい今だからこそ、小堺が薫陶をうけたスターたちの言葉を、彼本人からもっと聴いてみたいと思った。
日常を瞬時に劇空間に変える勝のオーラ
ベージュ色のジャケットとブルージーンズに、黒地にベージュの柄物シャツ姿で現れた小堺は、聞き覚えのある勝の口調を時おり真似ながら語り始めた。
「勝さんはこう言うわけです。『大半のセリフは、まず相手のセリフを聞いてから言っているはずなんだよ。それは芝居に限らず生活全部がそうなんだ。なのに、役者になると、みんな自分が先に出ようとする。自分ひとりだけで役作りをしてくる。そりゃあ現場の温度感と違ってくるよな。冷蔵庫に入れていたら、食べ物でも取り出した直後はヒンヤリしてるだろ? セリフもああなっちゃうんだ』と。でも、若手だった僕はその言葉を聞いてはいましたけど、まったく理解できていませんでしたね」
茶色のべっ甲縁の眼鏡をかけた小堺はそう言うと、口を固く閉じ、顔に残念さを少しにじませた。
勝は、相手が話すときの声の高低や抑揚によって自分のセリフの言い方も変わるし、当日の体調や気分でも変わってくると続けた。
小堺と言えば関根勤とともに、萩本欽一の「欽ちゃんファミリー」のイメージが強い。だが、大学在学中に、テレビのバラエティ番組「ぎんざNOW」の素人コメディアン道場でチャンピオンになった後、演技の基礎を学ぶために、勝のもとで研鑽を積んでいた。1979年に勝が俳優養成を目的に立ち上げた勝アカデミー第1期生で、同期にルー大柴がいる。
もうひとつ勝がらみの挿話を紹介する。小堺のラジオ番組にゲスト出演した勝は、収録後に小堺を一軒家のレストランに誘った。そこで小堺が高級な牛肉を鉄板焼きで堪能していたとき、なぜか隣の勝が「おまえんとこは、いつからこんな肉を出すようになったんだ!」と怒鳴り出した。調理師は真っ青になり、「確認してまいります」と厨房へ下がった。すると勝は小堺に「今の顔見ただろ? あれが本当に驚いたときの顔だ」と言った。その表情を学ばせるための芝居だった。
でも、勝さんがスゴいのはその後なんですよ、と小堺は続けた。
「調理師さんが戻ってきて、『焼き直させていただきます』と言ったら、勝さんが手短に説明して、『悪かったな、こいつらに勉強させてもらったんだよ』と言いながら、一万円札を彼の前に差し出したその『間』なんですよ。大スターから怒鳴られた直後に、普通は受け取れないじゃないですか。せめて一度は遠慮しますよね。だけど、その調理師さんはすんなりと受け取ったんです。ここからは僕の想像ですが、勝さんはたぶん『脅かしてごめんな』という気持ちを、その表情に込められていたはずです。これは芸だなと思いました」
そこまでが勝の芝居だとすれば、何気ない日常を瞬時に劇空間に一変させてしまう凄まじいオーラ。しかも今風に言えば、「カスタマーハラスメント」に見えなくもない場面だが、むしろ勝は小堺も調理師もすっかり魅了している。
一方で先のセリフ合わせの妙と同様、現場を頭上から俯瞰する勝のギロリッとしたあの眼を感じる。
