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「国民の総意」なき皇室典範改正の危うさ

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井上毅はなぜ「養子」を禁じたのか

男系男子の皇位継承が、これまで順風満帆に進んできたわけではない。昭和天皇と香淳こうじゅん皇后の間には立て続けに女子が4人生まれた。第4皇女が1931年に生まれた時点で男子は一人もいなかった。 元宮内(くない)大臣・田中光顕が側室制度の復活を提言したとされるが、昭和天皇は却下した。大正天皇は明治天皇の側室から生まれた子どもだ。皇太子時代に訪英し、英国の王室を自分の目で見てきた昭和天皇にとって、側室制度の復活はありえなかった。 そこで皇室典範を改正して皇族の男子から養子を迎える案が浮上したが、1933(昭和8)年に皇太子(現上皇)が生まれたため、養子案は立ち消えになった。 そもそも歴史を遡れば、明治以前には傍系の血統から養子を迎え入れた例はある。江戸時代後期に即位した光格こうかく天皇(在位1780~1817年)は、閑院宮かんいんのみや家から先帝である後桃園ごももぞの天皇の養子となり、10歳で即位して次の天皇となっている。ではなぜ、明治になって養子は禁じられたのか。 前出の井上毅は、旧皇室典範を起草した際、皇室が養子を取らない理由について「宗系紊乱そうけいびんらん(「ぶんらん」と読む説も)の門を塞ふさぐ」ためと説明している(『皇室典範義解ぎげ』)。つまり「皇室に養子が加わると、自然な親子関係と人為的な親子関係が混在し、血統の秩序が乱れる」というわけだ。 つまり今回の皇室典範改正は、旧皇室典範が禁じ、さらに戦後の皇室典範が禁じたことを変えたわけだ。2019年の天皇の生前退位もまた光格天皇以来だったが、このときは国民の圧倒的支持を得たのに対し、今回はそうなっていない点が異なる。 さらに、養子から生まれた男子が将来皇位を継承するとしよう。その天皇は、日本国憲法の規定に合致すると言えるのだろうか。憲法第一条にはこうある。 〈天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく〉 今回の皇室典範改正にあたり、国民を広く巻きこんだ熟議がなされたとはとうてい言えない。国会で「立法府の総意」(6月10日)が発表されたものの、憲法で言う〈日本国民の総意〉が得られたとは言えないのではないか。

「皇族は生身の人間」発言が意味するもの

前出の「おことば」を天皇が発表した2016年当時は、皇室の中の「ヒエラルキー」がはっきりしていた。天皇・皇后が最上位に存在し、その下に皇太子夫妻、続いて秋篠宮夫妻が続く序列が明確に見えて安定していた。 それからわずか10年で、その「ヒエラルキー」は大きく変化した。上皇・上皇后が天皇・皇后と同格の「陛下」として並び立ち、皇嗣こうし・皇嗣妃と皇位継承権をもつ秋篠宮の悠仁ひさひと親王が存在する。三者が横並びの形で不安定なのだ。 さらに言うなら、皇位継承権をもたない愛子内親王への爆発的人気が高まると同時に、秋篠宮家へのバッシングが激しくなっている。2021年10月に小室圭さんと結婚した秋篠宮家の長女・眞子さんは、両親の強い反対を振り切って翌11月にニューヨークへ引っ越した。以来、眞子さんは日本に一度も帰国していない。 6月10日の「立法府の総意」には次のように書かれた。 〈今上きんじょう陛下から秋篠宮皇嗣殿下、次世代の悠仁親王殿下という皇位継承の流れをゆるがせにしてはならない〉 皇位継承者である悠仁親王には、本人の意思とは関係なく「民間人の女性と結婚して皇位継承権をもつ男子を生ませなければならない」という有形無形の圧力がかかり続ける。こうした圧力が一因となり、流産を経験した皇后や女性皇族は、前出の雅子妃だけではなかった。 もう1点、さらに付言するなら、仮に女性天皇や女系天皇が実現したとしても、世襲制である以上、女性が子どもを生まなくてはならないという圧力は、永久になくならない。なぜ女性ばかりに負担がかかるのかという問題は、一向に解決されないのである。 2024年の誕生日に際しての会見で皇嗣(秋篠宮)は、具体的な言及は控えつつ、〈皇族は生身なまみの人間なわけで〉と発言した。パラグアイへの公式訪問を前にした今年の8月13日の会見でも、〈私も生身の人間なんですよね。ですから、いろいろと思うところは、もちろんあります〉と発言している。どちらも私には、「生身の人間である以上、我慢の限界があるんだ」と言っているように聞こえてならなかった。 皇室典範では天皇の生前退位は禁じられている。だが2016年、天皇が「体力的にもう限界だ」という「お気持ち」を表明することによって、例外的措置として生前退位が認められる前例が生まれた。将来秋篠宮や悠仁親王が皇室を離脱したいという「お気持ち」を表明することも不可能とは言えなくなったわけだ。16年の「お気持ち」表明のときと同様、それに賛成する民意ができれば、政府のシナリオは吹き飛んでしまうだろう。

今上天皇が強調する「国民の理解」とは

オランダ・ベルギー歴訪へ出発する直前の6月11日、天皇は記者会見で次のように述べた。


〈皇室の在り方や活動の基本は、国民の幸福を常に願い、国民と苦楽を共にすることだと考えており、こうした皇族数の確保の在り方についての議論においても、国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります〉(宮内庁ホームページ)


この表現の中に、養子案は「国民の理解」を得られるのかという天皇の危惧を読み取ることもできなくはないだろう。しかし現上皇とは異なり、政治的意思をはっきり示さない現天皇のスタイルが表れているとも言える。


拙速な皇室典範改正によって、日本の皇室制度は大きな転換点を迎えることになる。高市首相ら右派がねらっているのは、将来の有事に備えて、明治天皇のような強く勇ましい男性の天皇をよみがえらせることではないか。そうだとすれば、まさに「歴史は繰り返す」ことになってしまう。


今回の制度変更が、将来の日本に深刻な禍根を残さないよう祈るばかりである。

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