優れた人物は大地に目を向ける
日本と中国を行き来する両国の人々を見ていて思うことがあります。それは、優れた人は大地に目を向け、愚かな人は上のほうしか見ていない、ということです。つまり、政府高官ばかりに注目し、その国を評価するのではなく、大地に根を張る民衆がどのように暮らし、何に喜び、何に悲しんでいるのかを知ろうとすることが大事なのです。
周総理はまさしく優れた人物でした。19年9月号の「民衆こそ王者」にも書かれていますが、周総理は政治家で実業家だった高碕達之助氏から創価学会を紹介されます。当時は創価学会への世間の目は決してよくありませんでしたが、信濃町に住んでいた高碕氏は日々、実直に活動する学会員の姿を見ていました。
そこで彼は「今は小さな団体ではあるが、見逃すことのできない庶民の団体です」と創価学会を紹介します。何事も民衆視点で考える周総理は、創価学会に興味を抱き、部下に調べさせます。それが後に周総理と池田先生の絆となり、国交正常化へと向かっていくのです。
いま、池田先生の思想が中国で、とくに知識人層で大変注目を浴びており、各地に「池田大作思想研究会」が発足しています。それはなぜか。中国は78年からの改革開放政策によって経済成長が進み、とくにこの20年間は驚異的な発展を遂げています。しかし、国民は豊かになったものの、物質的な豊かさがあまりに急速に進み、精神的な豊かさが追いつかなくなってしまったのです。
競争は熾烈を極め、敗者はもちろん勝者のなかにも、人生を空虚に感じる人が増えてきた。だからこそ、「なぜ生きるのか」「よき生とは何か」「人間とは何か」という哲学を求めているのだと思います。
日本と中国は、歴史的にも地理的にも、経済的にも切っても切れない関係にあります。とくに経済的には完全に相互依存関係にある。仲良くしなくては結局、損をするだけです。いま政治的な対立を背景に、日中関係には民間レベルでも暗雲が立ちこめています。
まさに池田先生がつづけてこられたように、国同士の仲が良いときも悪いときも一喜一憂せず、一人ひとりがよき友として関係を保ちつづけることが更に重要になってきています。
長くかかわりつづけるためには、胸襟を開いて、本音で「激論」を交わすことが必要です。違う人間、ましてや国が違うわけですから、意見の違い、根本的な考え方の違いはあって当然です。
それなのに、妙に遠慮し合っていては、本当の意味で相手を知ることはできません。違うところを出し合って議論をする。有益なところは率直にぶつけ合う。たとえ同じ結論にならなくても、関係は閉ざさない。
まさに、周総理の語られた「友好的に批判してくれる友」の姿勢です。いまこそ、池田先生の旗を、周総理の旗を掲げながら友好の金の橋を歩んでいくことが求められているのです。