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「民衆こそ王者」〈識者の声〉篇 西園寺一晃氏

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月刊『潮』の好評連載ドキュメンタリー企画「民衆こそ王者――池田大作とその時代」を識者はどう見るのか。

 

池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長の平和への思いは、いつの時代も一貫している。たとえば、日中両政府の関係が良いときも悪いときも、両国の友好のために尽くしつづけてきた。

東日本国際大学客員教授・西園寺一晃氏が、数回にわたり池田SGI会長に会い、実際に目にした振る舞いを通じて、こうした行動の意義を論じる。

(『潮』2020年11月号より転載)

 


二人のリーダーの共通点

池田大作先生の中国問題に取り組む姿勢はいつの時代も一貫している。これが、「民衆こそ王者」を読んだ最初の感想でした。そして先生は、私が古今東西のリーダーのなかでもっとも尊敬している、周恩来総理とよく似ているのです。

 

これは思い付きで言っているのではありません。私は中学生のときに家族で中国に移住します。10年ほど北京で暮らすあいだに、周夫妻には一家でお世話になりました。社会人になってからは池田先生とも5、6回お会いし、貴重なお話を聞かせていただきました。そこで実際に目にした振る舞いからも、2人はよく似ていると感じています。

 

共産主義者の周総理と仏法者の池田先生は、立場は異なるものの、巨大な組織で大きな責任を担っています。それなのに、偉ぶるところは一切ありません。とても親しみやすく、何でも気軽に相談できる雰囲気をもっている。

 

たとえば周総理は警備員泣かせの人で、どこへ行っても大衆のなかに飛びこんで行って人々の肩を抱いたり、握手をしたりしていました。中国を訪問したときの池田先生もまったく同じでした。

 

池田先生が周総理に会うために訪中したときは、まだ文化大革命が終わっていない混乱の時代です。その身に何が起きても不思議ではありませんでした。しかし先生はそんなことは一切気にせず、中国の民衆と触れ合っていた。こうした行動の背景には徹底して大衆を信頼し、ともに生きるという信念があったのだと思います。

 

さらに二人がよく似ているのが、若者、子どもが大好きな点です。私が潮出版社から刊行した『「周恩来と池田大作」の一期一会』でそのことを象徴するエピソードを紹介しています。

 

池田先生が最初に訪中した1974年、日中関係の最大の懸念は日中平和友好条約の締結でした。72年の国交正常化により、マイナス状態だった日中関係はゼロの状態に戻りました。そこからプラスの方向へ進むには、平和友好条約が必要だったのです。しかし交渉は難航していました。

 

先生とお会いした際、私は「日中友好の最大のテーマは?」と尋ねたのですが、当然「平和友好条約です」との答えがくると予想していました。しかし、意外なことに返ってきたのは「いちばん大事なのは青年交流です」という言葉でした。

 

もちろん先生は、平和友好条約の重要性は誰よりも認識していたはずです。ただ、それはあくまで目下の話です。50年、100年先を見据えたときには、青年交流こそが最も重要だと考えていたのです。

 

国家関係には良いときも悪いときもある。だから若者同士が継続的に、長期間にわたって交流する必要がある。先生はそう考え、青年に大きな期待を寄せていたのでしょう。

 

子どもを大切に思う心という点では、日本からやって来る要人の対応をする中国人から聞いて、驚いたことがあります。日本から政治家や財界人がやって来ると、誰もが最初に政治リーダーに会いたいと言うそうです。

 

ところが先生は、真っ先に「小学生や幼稚園の子どもたちに会いたい」と言ったそうです。そして実際に小学校を訪れています。子どもが「おじさんは何をしに中国に来たの?」と聞くと、「君たちに会いに来たんだよ」と答えていました。こうしたエピソードにも先生の思想と人柄が表れています。

 

周総理が一番優しい笑顔になるのも、子どもと会っているときでした。夫妻には子どもがいなかったので、会った人からよく「子どもがいなくて寂しいのでは?」などと聞かれていました。その度に彼は「中国の子どもはすべて私の子どもなので、寂しくなどありません」と語っていたものです。

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