「回心体験」が重視された理由
彼らは既存の権威である牧師を激しく批判しました。信仰において大事なのは、牧師のようなインテリや権威にしばられず、個人が神と直接つながること。そして自分自身が心のなかで神の恵みを実感し、燃えるような信仰のたぎりを感じること。こうした回心体験が重視されるとともに、実際にアメリカ社会のなかで連鎖的に発生し、熱病のようにアメリカ各地に広がっていったのが信仰復興運動です。その背景には、当時のキリスト教徒の次世代への信仰継承問題もありました。当時、教会員になるには回心体験を公に証言する必要がありました。ところが「二世」の多くは明確な回心体験を持っておらず、正式な教会員になれません。当時の植民地社会では教会員でない者は公民権を持てず、市民として半人前の扱いしかされないという問題がありました。
そこで回心未体験の人でも洗礼を授けてもらえる「半途契約」という制度が導入されました。しかし真の回心体験を得ぬまま教会員となった者のなかに「回心を体験したい」という熱情が高まり、それが信仰復興運動に火をつけたのです。
ちなみに、このような宗教二世問題はアメリカで度々起きています。昨今、日本では宗教二世問題が否定的に取り上げられていますが、子どもに何を教えるかは、本来親の優先的な教育権とされています。自分が信じることを子どもに伝えたいと思うのは、親として当然であり、信教の自由の根幹です。信仰は基本的に家族単位で実践され、継承されるものだからです。
ともあれ、信仰復興によって確信を持った人は地上の権力を恐れず、自主独立、個の自覚と平等の意識を強く持つようになります。それがアメリカの独立、民主主義の発展へつながっていくのです。
植民地時代のアメリカではイングランド、スコットランド、アイルランド、ドイツ、オランダ、スイスなど出身国ごとに集団が分かれていました。そのうえでさらにカルヴァン派、ルター派、カトリック、クエーカー、バプテストなど教派による違いもありました。
ところが信仰復興運動は、このような出身地や教派の違いを乗り越えて伝播していきます。その結果、自分たちは同じアメリカ大陸に住むだけでなく、同じ信仰を持つ仲間なんだとの意識が芽生えます。
つまり自分は「アメリカ人」なのだという共通意識の根底には、信仰に基づく一体感があったのです。そしてその一体感が、イギリスやヨーロッパ、旧世界への反発につながり、独立への原動力となるのです。ですから、アメリカという国には建国時から、古い権威に対する反発、反知性主義が骨の髄まで染み込んでいるのです。
キリスト教ナショナリズムとは
このようなアメリカの歴史を踏まえると、トランプ大統領の誕生が決して特異な現象ではないことが分かります。トランプ大統領は、「クリントン・ダイナスティ(王朝)」と呼ばれる、クリントンやヒラリーなど知的エリートによる政治勢力への反発から生まれたと言えます。トランプ氏は従来の政治家とは異なる「素人」だからこそ、新しい風を吹かせてくれるだろうと国民が期待したのです。
日本人の多くは、なぜトランプ氏のような人をアメリカ国民が選んだのか不思議に思ったことでしょう。ところがアメリカの反知性主義の歴史から考えれば、トランプ大統領の登場はむしろ、エスタブリッシュメント化した権威に反発するアメリカ的精神の自然な発露であるとも言えます。
トランプ氏が理想の指導者像として挙げる人物の一人に、第七代大統領アンドリュー・ジャクソン氏がいます。彼も既存のエリート政治に反発した庶民の圧倒的な支持によって大統領になりました。彼はスポイルズ・システム(猟官制)を導入し、選挙で勝った政党が官僚を大幅に入れ替える仕組みをつくりました。
官僚というものは放っておくと人事も政策も固定化する傾向があるので、それを破壊する必要がある。そこでジャクソン氏は、ガラッと大胆に官僚を入れ替えます。その結果、一時的に行政は混乱するものの、新しい風が吹き、社会が進歩する。そのような発想こそが、アメリカのダイナミズムを生み出しているのです。
またこうしたアメリカの反知性主義、信仰復興運動の流れのなかで大きな勢力となっていったのが、福音派(エヴァンジェリカル)と呼ばれる人たちです。彼らは聖書を無謬の神の言葉としてとらえる聖書至上主義者です。キリスト教の伝統的価値観を重視し、人工妊娠中絶や同性婚に反対します。またイスラエル建国を神の計画の一部と見なし、熱烈に支援しています。
福音派は、レーガン大統領の時代(1981~89)くらいから大きな政治力を持つようになりました。共和党のレーガンやブッシュが大統領になれたのも、福音派の強力な支援があったからです。ただそんな福音派は、二十一世紀に入り大きく変質しました。これに関しては、私と渡辺靖さん(慶應大学)との対談本『キリスト教ナショナリズム 不穏なアメリカの変貌』(朝日新書)に詳しく書いたので、興味のある方はぜひ読んでいただきたいと思います。
簡単に言うと、福音派はこれまで懸命に支援してきたレーガンやブッシュが、自分たちが望んでいた中絶や同性婚の禁止などを実現してくれなかったことに失望します。そこでさらに踏み込み、アメリカを完全なキリスト教国家とし、聖書的価値観を優先する統治を目指す。そんな「キリスト教ナショナリズム」と総称される流れが起きているのです。
このような勢力が今、キリスト教徒のなかで非常に大きくなっています。正確な人数は把握できませんが、アメリカの人口の少なくとも3割を占めていると言われます。こうした宗教的な地盤に支えられているからこそ、トランプ大統領は強いのです。
