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【人間探訪】萩本欽一さん 「失敗や挫折があっても『今は運を貯めてるんだ』と思ってきた」

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目先の利益や得に飛びつかない

欽ちゃんのテレビづくりの鉄則に「遠くする」がある。仮に、番組で子役が必要ならタレント事務所に電話するのが最も早くて合理的。だが彼はスタッフが自力で探すことを求めた。多くの幼稚園を退園時間の前後に探し回り、その不審な挙動から警官に目をつけられた末に、一人の子役候補を見つけたエピソードが有名だ。欽ちゃんは「3カ月で警官から2回も職務質問を受けた物語が面白いからその子を使う」と、子役候補の事前面接を拒んだという。欽ちゃんの言葉を借りれば、「そういう物語があれば番組は100%当たるから」だ。

 

彼はその過程をこそ重んじるために、番組づくりでは「目先の利益や得には飛びつかない」という姿勢を1970年代から続けている。それが「遠くする」だ。勘のいい『潮』読者は新番組も予定調和を退け、その鉄則をきちんと踏まえていることに気づいているはずだ。同時に、「効率」最優先ゆえに閉塞感を募らせる2026年の社会へのヒントをも秘めている。

テレビの本質を見抜いた瞬間

欽ちゃんの眼力を端的に示す記事がある。朝日新聞2025年3月22日のインタビューだ。1972年2月に連合赤軍のメンバーが立てこもった、あさま山荘事件(長野県)の生中継に見入りながら、彼は視聴者がテレビに求めるものに気づいたという。欽ちゃんの言葉で語り直してもらう。

 

「当時は丸一日稽古をして、リハーサルも含めて本番まで4回カメラを回していたわけ。それは芝居や映画の手法のパクリなの。でも、あの生中継は、稽古中のみんなが立てこもっている人たちの影が少し見えたってだけで大騒ぎして、もう固唾をのんでテレビに見入っていた。そのときに『これだ! 何が起こるかわからないのがテレビなんだ』って思った。だったらセリフがうまく覚えられない私には合っているなって」


この発見が後に「良い子 悪い子 普通の子」のイモ欽トリオ(「欽ちゃんのドンとやってみよう!」)や、見栄晴や三つ子ユニット「わらべ」(「欽ちゃんのどこまでやるの!」76年放送開始)を、お茶の間のアイドルに育てあげる起点になる。プロの芸人が「笑わせる」のではなく、半ば素人の演者たちが一生懸命さゆえに失敗したりする様子に思わず「笑ってしまう」ドキュメント・バラエティーの誕生だ。それは芸能人に「ドッキリ」を仕掛ける番組などに連綿と受けつがれている。

失敗や挫折で「運を貯める」と考える

欽ちゃんは老いとの向き合い方もユニークだ。

 

「洗面所に行っても顔を洗うということはしない(中略)自分の顔を見ると、年齢にハッと気づくじゃない。自分と目が合って、『おい、老けたなぁ』『肌荒れてるな』と自分に突っ込みを入れちゃう」(読売新聞2026年1月5日朝刊より抜粋)

 

ここも本人に語ってもらおう。

 

「『老人』よりも『年寄り』のほうが好き。だって年が寄ってきたら、ひょいっと避けちゃえばいいんだから。それに年をとったら、まず自分の運を秤にかけないとダメだね。要は自分の60代、70代は幸福と不幸のどちらが多かったのかを思い返してみること。失敗や挫折が多かったと思う人は、その分だけ運は貯まっているはずだから、どんどん使ったほうがいい。ゼロから新しい人に会いに行くとかね。ちなみに幸福のほうが多かった人は、下手に動くと失敗してマイナスな出来事が増えるから大人しくしていればいい」

 

人の運の総量は決まっているという欽ちゃんの考え方で、失敗した分の運は使っていないから未来に使えるので、「運が貯まる」のだ。

 

「私はテレビで成功するだけでいいと考えて、仕事以外では食べものも着るものもいい思いをしない、得をしないと決めた。一つでも欲を出すと、視聴率が1%引かれるような気がしたから」

 

若い頃は狭いながらも新築一戸建ての自宅や、ロレックスの時計を買ったりしたこともある。

 

「でも、なんかカッコ悪いなって。最終的には『だらしない格好しているけど、やっている仕事は一番』というのがカッコいいと気づいた。今の自宅は中古の分譲住宅だしね」

 

目先の利益や得には飛びつかない、欽ちゃんは仕事でも実人生でもそれを一貫してきたと語る。

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