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度重なる医療への攻撃――日本人外科医が見た南スーダンの現実 医師・村上大樹

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2025年5月、南スーダンのMSF(国境なき医師団)の病院が武装ヘリに爆撃され、患者・スタッフが負傷。やむなく拠点は閉鎖され11万人超が医療を受けられる場所を失った。現場に残り治療を続けた日本人外科医・村上大樹が、医療施設への攻撃が地域社会と人道法を破壊する現実を証言――拡大する“医療への暴力”に警鐘を鳴らし、抑止と関心の継続を訴える。

(月刊『潮』2025年12月号より転載。取材=潮編集部)

南スーダンで医療施設が爆撃


2025年5月3日早朝。南スーダン北部ジョングレイ州オールド・ファンガクにある「国境なき医師団(MSF)」の病院が、武装ヘリによる爆撃を受けた。


MSFから派遣され現地で医療援助にあたっていた外科医の村上大樹は、医薬品が貯蔵された倉庫が激しく燃え上がる様子を目の当たりにする。


「これは戦闘に巻き込まれたのではない。明確な意図のもと、私たちの医療施設を標的にした攻撃だと感じました」(村上、以下同)


村上が直感したのには理由があった。この病院はMSFが10年以上にわたって運営しており、地域で唯一機能していた医療施設だと、紛争当事者たちも間違いなく認識していたはずだからである。


爆撃によって、治療を受けていた患者や入院患者、病院スタッフが負傷した。混乱の中で手を尽くし、重症患者を見極めてトリアージ(治療優先順位の決定)を開始。だがその最中にも再び武装ヘリが病院周辺に現れ、爆撃を繰り返す。ここに留まることは命の危険があると判断したMSFの医療チームは、重症患者を抱えて隣接する村へ移動し、仮設テントで応急処置を継続した。


「負傷した人たちは、女性や高齢者など一般の方々です。なぜこんなことが起きなければいけないのか。恐怖とともに憤りを感じずにはいられませんでした」


  • 爆撃を受け炎上する病院の倉庫

    爆撃を受け炎上する病院の倉庫(2025年5月3日)©MSF

南スーダンでの医療への攻撃は、今年1月から繰り返されていた。1月には上ナイル州ウランでMSFのボートが川を渡行中に銃撃を受け、3月にはウランの病院が襲撃・略奪され活動を停止する事態に。村上が遭遇した5月の爆撃も、これら一連の被害に続くものだった。


これらの攻撃により、オールド・ファンガクではおよそ11万人を超える地域住民が医療を受けられる場所を失った。


上ナイル州では、MSFは安全上の懸念からウランの拠点を閉鎖し、13カ所にわたる基礎診療所も撤退を余儀なくされた。これにより、ウランをはじめとする地域では200km以上の範囲で二次医療機能がなくなった。


オールド・ファンガクの医療拠点からチームが退避するときのこと。脱出するヘリはすぐそばに見えていた。避難するため荷物をリュックに詰め終えていた村上に、医療コーディネーターが「あくまで君の意思次第だけど……」と前置きして話しかけてきた。


「まだ負傷している患者さんがいるから、治療ができる医師が必要だ。僕はここに残るが、君はどうする?」


村上は即答した。


「もちろん残るよ」


そして、11人いたチームのうち、医療コーディネーターと内科医、そして外科医の村上の3人だけが残り、最後まで負傷者の治療活動にあたった。


村上が当時のことを振り返る。


「使命感に燃えて『残る』と言いましたが、やっぱり後から家族の顔が浮かんできて、『俺はとんでもない選択をしてしまったのでは』と思いました。あのとき、初めて本気で遺書を書きました」


幸いにしてその"遺書"が使われることはなかったが、日本に帰国してからもしばらく、紛争地で聞いたドローンの飛行音が村上の耳から離れなかった。


「紛争や内乱の国で命の現場に行くので、最悪のことも覚悟していたつもりでしたが……。それでもどこかで『MSFの医療施設なのだから攻撃されない』と安心していました。今回の南スーダンでそんな気持ちは吹っ飛び、本当に命の危険がある任務に就いていることを改めて実感したのです」

医療施設への攻撃が何を意味するか


医療施設への攻撃は、直接的な人的被害はもちろんのこと、地域社会の安全保障と公共衛生を根底から揺るがす。


産科・新生児ケア、外科処置、慢性疾患治療、感染症対応など、日常医療が停止すれば、地域住民の健康被害が拡大する。仮に紛争が停止しても、地域に医療施設が無ければ予防接種もできず、感染症の流行なども懸念される。


「医療施設の閉鎖は、地域住民にとって命綱を失うことと同義です。助かるはずの命が助からなくなってしまう。そして、犠牲となるのは多くの場合、子どもや高齢者、女性といった戦闘とは無関係の人々です」


さらに医療施設の破壊は、看護師、技師、管理者といった現地スタッフの生活基盤や雇用も失わせる。今回、爆撃されたMSFの医療施設でも、10年以上にわたり約200人の現地スタッフを雇用し、生活を支えていた。直接的な被害を免れたとしても、スタッフたちは生活のために他の地域へ移動することを強いられる。長年、培ってきた地域のコミュニティも消失してしまうのだ。


「現地に残るスタッフは地域の医療を守ろうと必死ですが、国際的支援が途絶えれば、地域社会そのものが崩壊しかねません。医療機関への攻撃は、患者の命を奪うだけでなく、地域社会全体を深刻に傷つけてしまう」


医療が機能しない地域社会では、不満・憎悪・絶望感が高まり、それがさらなる紛争や暴力の温床になる。医療施設への攻撃は、社会秩序や信頼の基盤を破壊する行為であり、地域住民にとっての倫理的・精神的な打撃も果てしなく大きい。


世界各地で増加する医療への攻撃


国際人道法では、傷病者を治療する任務と、これに関連する医療要員および医療施設の保護が義務づけられており、1949年のジュネーブ条約にも正式に記載されている。そして医療者も、負傷者がいずれの陣営に属していたかにかかわらず、全ての患者を差別せずに治療する義務を負う。


だからこそMSFなどの団体が支援に入る際には、紛争当事者にも事前に通知したうえで医療施設を設置する。


こうした前提をふまえれば、医療への攻撃は中立無防備な市民を標的にする行為であり、国際人道法の原則に対する重大な違反であることは間違いない。


だが近年、南スーダン以外でも、ガザ、ウクライナ、シリアなど、医療施設が武力行為の対象になるケースは増えている。戦場での医療施設攻撃が公然と行われている現状に対し、国際社会の反応は追いついていない。


村上はこう指摘する。


「戦争や紛争にも最低限のルールがあり、国際人道法では医療施設への攻撃は明確に禁止されています。しかし最近は、まるで『医療を盾に利用する』かのような戦術や、医療施設を戦略目標に位置づける動きが増えているようにも感じます。世界に不寛容の風潮が強まり、他者を敵視する傾向が拡大したことが、医療施設への攻撃を許容する空気を生んでいるのではないでしょうか」


もちろん、攻撃の責任を問う制度や抑止力の強化を求める声もある。MSFや国際人道支援機関は、紛争当事者に対して医療施設・スタッフ・患者の尊重を強く呼びかけ続けている。しかし、国際的世論の圧力や制裁、刑事責任の追及が必ずしも有効に機能しているとは言えないのが現実だ。


  • けがをした患者の処置を行う村上医師

    けがをした患者の処置を行う村上医師(2025年5月4日)©MSF

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