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天井はサラリとすり抜けるのが〝サワコ流〟(鎌田實×阿川佐和子)
現場で言われた「無能な頷き役」
阿川さんの人柄やキャリアを見ていると、ガラスの天井を〝破ってきた〟というよりも、スルッと〝すり抜けてきた〟といったほうが適切な気がしている。
もともとテレビの仕事をするつもりはなかったそう。父親と一緒に写った写真を見たプロデューサーから声がかかり、1981年に報道・情報ワイド番組のリポーターとしてデビューする。そこから約10年間は、情報番組のアシスタントやキャスターなどの仕事が続く。
「初めてテレビの仕事を持ちかけられたとき、何も知らない私に何が務まるのかってプロデューサーに申し上げたんです。するとその方は『座っていれば結構です』って。私、男尊女卑の父親に育てられていますから、『もっと一人前の人として扱ってほしい』なんてさらさら思わなかったんです」
ところが、いざ仕事をしてみると、いまで言うパワハラの嵐に辟易する。現場では毎日のように怒鳴られ、「無能な頷き役」と揶揄する声も耳に入ってきた。
「親の七光りで仕事を始めたこともあるし、とにかく何度も辞めたいと思いましたよ。だけど、一つの番組が終わったら、また次の番組からお声がけいただいたり、文章を書いてみると連載の打診があって編集長が男前だったから受けてしまったり、とにかく恵まれているとしか言いようがない」
仕事に関して自分の意志はほとんどなかった。時は男女雇用機会均等法の施行(1986年)もあって、女性の自立が促された時代である。それでも、自発的にやりたいことは特に見つからず、父親やプロデューサーからは「専門を持て」と何度も説教を食らった。
「でも、『女は馬鹿だ』って言われて育ってきてますからね。馬鹿のまんま安穏と生きているほうが楽だったんです」
本人はそんなふうに言うけれど、自分で売り込まずとも仕事が次々に舞い込んでくるというのは、阿川さんの魅力に皆が引き込まれているからだろう。その魅力の1つが、いい意味で肩の力が抜けた阿川さんの空気感だと僕は思う。まさに、ガラスの天井を破るのではなく、スルッとすり抜けていく軽やかさだ。
スルッとすり抜けるガラスの天井
ガラスの天井をスルッとすり抜ける軽やかさ。そんな阿川さんの空気感がよく表れたエピソードがある。
それは「ビートたけしのTVタックル」でのできごとだ。
石原慎太郎さんや三宅久之さんらと激論を交わしていた田嶋陽子さんが「大体、あんたらが女を馬鹿にするからだ!」などと憤激する場面があった。田嶋さんはあまりの怒りに目に涙を浮かべて、「私はもう帰る!」と収録中にもかかわらず席を立った。
隣に座っていた阿川さんは慌てて田嶋さんの机にあった資料などをまとめて、手渡そうとする。すると田嶋さんは「本当に帰ってほしいのか! アンタは育ちが悪い!」と言って、受け取った資料で阿川さんの頭を引っ叩いたのだ。
「別に帰っていただきたかったわけじゃなくて、お帰りになるっておっしゃるんだもん。だから、ただ荷物をまとめて差し上げたんですけどね。育ちが悪いというのは、おっしゃるとおりですけど(笑)」
おそらく田嶋さんは男性出演者らの女性蔑視とも取れるものの見方に怒っていたのだろう。そして、その分厚い壁を破ろうと声を荒らげたわけだ。そのすぐ隣で、いとも簡単にスルッと壁をすり抜けてしまうのが阿川さんなのである。
