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ゴルバチョフと池田大作――今こそ求められる平和への遺訓

  • 識者の声

朝日新聞に入社後、ロシアの歴代政権を取材し続け、19年12月にはゴルバチョフ元ソ連大統領への単独インタビューを行った副島英樹氏。

ゴルバチョフ氏は平和な世界の実現のために何を訴え続けてきたのか。10回にわたって会談を行うなどゴルバチョフ氏と池田大作氏との間で、強い心のつながりが生まれたのはなぜか。ゴルバチョフ氏が読み上げた池田氏からの手紙の中身とは。

核なき世界の実現のために戦い続けた2人の実像と、平和への遺訓に迫る――。

(『潮』2024年4月号より転載)

ゴルバチョフ氏が語る池田SGI会長


 2019年12月3日、私はモスクワでミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領(以下「ゴ氏」)に直接インタビューした。当時88歳だったゴ氏は、療養中の病院からゴルバチョフ財団本部に車で入り、歩行器を押して取材場所の執務室に姿を現した。


奇しくもこの日は、アメリカのブッシュ大統領(父)とゴ氏が冷戦終結を宣言したマルタ会談(1989年12月3日)からちょうど30年目の節目だった。運命的なあの日の出会いを、私は終生忘れないだろう。


ゴ氏に取材を申し込んだ理由は、INF(中距離核戦力)全廃条約が失効してしまったことだ。87年12月、レーガン大統領とゴ氏はINF全廃条約を結んだ。この条約は、増え続ける米ソの核兵器が減少に向かい、冷戦が終結する決定的なきっかけとなった。


トランプ大統領は、2019年2月にそのINF全廃条約からの離脱を通告し、8月に条約は失効してしまった。


条約の生みの親がどう思っているか話を振ってみると、ゴ氏は「こんな言葉を使って申し訳ない」と断りつつ「チョールト・パベリー(くそ!)」と言ってトランプ大統領の行動を非難した。冷戦終結と核軍縮のために最も重要な条約が葬られたことへの、強烈な怒りを感じた。


「広島に原爆が投下されたことについてどう思うか」と訊ねると、ゴ氏は「人間にとって最大の不幸だ」と応じた。そして手元に置いていた池田大作SGI(創価学会インタナショナル)会長からの手紙を読み上げ始めた。


私が翻訳した自伝『ミハイル・ゴルバチョフ 変わりゆく世界の中で』(朝日新聞出版)の日本語訳が出版されたのは2020年のことだ。ロシア語で書かれた原著は2018年に出版された。原著を手にした池田会長がゴ氏に御礼の手紙を送ったのだ。


〈私は確信しています。人類の歴史の道徳的教訓、すなわち対談で私たちが言葉にしようと試みたことは、現在も世界の共同体で現実として残っています 池田大作〉(ロシア語から仮訳:副島氏)


さらにゴ氏はこう言った。


「彼は私の大いなる親友だ。私は彼を評価している。平和の保持、平和のための戦いを深く信奉しており、頼もしい人物だ」


財団の応接室に、池田会長が撮影した富士山の写真が飾ってあったのが印象的だった。

ウクライナ侵攻とゴルバチョフ氏


インタビューの後半で東西ドイツ統一の話題が出たとき、ゴ氏は「東ドイツ側はソ連軍を動かすことを期待していた。でも私は動かさなかった。未来はドイツ人自らが決めるべきだと考えたからだ」と言った。この話のあと、ゴ氏は再び池田会長から送られた手紙の話を持ち出した。


「池田氏の手紙に書いてあることがなぜうれしいか。人類の歴史から得た教訓が、今日の世界の共同体の中で現実として残っているからだ」。


さらにこう言った。「平和なしにはモラル(道徳)のある世界は打ち立てられない。平和そのものが最上のモラルだ。私たちは平和を維持しなければならない」。ゴ氏が最も伝えたいメッセージを語ったとき、池田会長に再び言及したのが印象的だった。


『変わりゆく世界の中で』に池田会長の話が出てくる。


〈ここで、私の友人に触れないわけにはいかない〉〈優れた仏教思想家で、平和と軍縮への闘士〉と紹介しつつ、ゴ氏はこう綴る。


〈世紀の変わり目で、『二十世紀の精神の教訓』という対談本を彼と一緒に出した。異なる文化に属し、異なる教育を経てきた我々二人が、共通の倫理的綱領を見つけたという事実そのものが、多くを物語っている〉(217ページ)


2人の思いが終生通じ合っていた証だ。


2022年2月24日から始まったロシアのウクライナ侵攻は、平和を愛するゴ氏にとって許しがたい蛮行だった。侵攻から2日後の2月26日、ゴルバチョフ財団は緊急声明を発表した。


〈一刻も早い戦闘行為の停止と早急な平和交渉の開始が必要だと我々は表明する。世界には人間の命より大切なものはなく、あるはずもない。相互の尊重と、双方の利益の考慮に基づいた交渉と対話のみが、最も深刻な対立や問題を解決できる唯一の方法だ。我々は、交渉プロセスの再開に向けたあらゆる努力を支持する〉


冷戦を終結に導いた「新思考外交」の3つの柱は「相互の尊重」「対話と協調」「政治の非軍事化」だ。こうした考え方が今こそ必要だとゴ氏は訴えた。ゴ氏の母はウクライナ人であり、ライサ夫人はウクライナ系ロシア人だ。ゴ氏にとって、ウクライナ戦争は身を切られるようにつらい出来事だったに違いない。


開戦から半年後の2022年8月30日、戦争が続く中でゴ氏は生涯を閉じた。自らの死をもって、今こそ「新思考」に立ち返るべきだと世界に訴えかけたような気がしてならない。

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