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ゴルバチョフと池田大作――今こそ求められる平和への遺訓
広島サミットとG7諸国の傲慢
2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻して、丸2年になる。未だ停戦合意に至ることはなく、プーチン大統領は「ロシアは核大国の一つだ」と言いながら事実上の恫喝を続けてきた。
なぜ東西冷戦の真っただ中で米ソが核兵器を減らすことができたのか。86年当時、米ソは7万発もの核兵器を保有していた。「核戦争に勝者はない」という点でレーガンとゴルバチョフが合意し、INF全廃条約を結んだことが、現在の1万2000発まで核兵器が激減したことにつながっている。体制もイデオロギーも異なる国の首脳がまずは対話を始めない限り、核廃絶どころか核軍縮すらありえない。
米ロが世界の9割の核を握っている。さらに、中国は米ロ並みの核大国になりたがっている。少なくとも三者が協議と対話を始めねば、世界の核廃絶は夢物語だ。
プーチン大統領が核の脅しを始めたのはウクライナ侵攻以降ではない。2014年のクリミア併合のころから彼はたびたび口にしている。広島と長崎で原爆が落とされて以来、世界では実戦で核兵器が使用されることはなかった。ところが21世紀に至り「核の威嚇」というタブーを容易に破る時代になってしまったのだ。
広島でG7サミット(主要7カ国首脳会議、2023年5月19〜21日)が開かれる直前の4月27日、池田会長は「G7広島サミットへの提言『危機を打開する〝希望への処方箋〟を』」を緊急発表した。この貴重な提言の中で、池田会長は「核兵器の先制不使用」について訴えている。
〈ウクライナ危機の早期終結と並んで、広島サミットでの合意を強く望むのが、「核兵器の先制不使用」の誓約に関する協議をG7が主導して進めることです〉
G7諸国が「こうした状況下で自分たちが核兵器をもつのは、核抑止論の観点から考えて当然だ。一方的にウクライナに侵攻を仕掛けたロシアが悪い」と挑発している限り、停戦合意に至るわけもなければ、戦争の歯止めにもならない。G7諸国がまず「核兵器の先制不使用」を宣言することが、ロシアとの次なる対話のステージへ進むための条件ともなりうる。
当然踏むべき手順について池田会長が事前に提言した内容に対し、広島サミットは逆の方向に振れてしまった。「G7は核をもつ正当性がある」「我々の核は平和を保つために必要なのだ」と宣言し、戦争の一方の当事者であるゼレンスキー大統領を呼び、わざわざG7の首脳が広島で武器支援の話し合いをしたのである。
プーチンが2000年に大統領に就任してから22年間、仕打ちを受けたと考えている西側諸国からの対応を、彼はまったく忘れていない。2001年に9・11同時多発テロが起きると、さらなるテロを恐れたブッシュ大統領(子)は「ミサイル防衛の縛りをかけられたくない」と焦ったのだろう。1972年に結ばれたABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約から、2002年6月にアメリカが一方的に脱退してしまった。
今では信じられないが、その直前の2002年5月、ロシアはNATO(北大西洋条約機構)に準加盟している。一時は「東西共通の安全空間が必要だ」と判断したプーチン大統領にとって、ABM制限条約の失効は大きく心変わりする芽ともなった。
16年後の2018年、プーチン大統領は自らプレゼンし、ロシアが開発した新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)や、原子力推進ミサイル、極超音速ミサイルを大型スクリーンで見せつけた。アメリカの防空システムを突破して攻撃を仕掛けられる兵器だ。
身勝手な大国が重要な条約を1つ潰すことで、どれだけ戦争がエスカレートして平和が脅かされるか。ウクライナ侵攻に至る伏線はG7諸国の振る舞いにもある。
池田会長が『二十世紀の精神の教訓』や平和提言の中で何度も強調してきたように、最終的に核兵器発射の命令を踏みとどまらせるのは人間の心である。「戦争は人間の心から起きる」という原点に立ち返り、プーチン大統領との対話を開始するべきだ。
シニシズムとの永遠の戦い
ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、日本国民もメディアも熱に浮かされたように勇ましい好戦論を語り続けてきた。テレビには「軍事評論家」と称する人物が毎日のように出てきて戦況を解説し、ウクライナが使う武器のスペックについて詳しく説明していたものだ。
ロシアの侵攻は決して容認できない暴挙であり、ウクライナで暮らす無辜の市民が殺される事態は絶対に許してはならない。と同時に、ロシア人も殺されてはならない。あらゆる国の人が戦争で死んでは駄目なのだ。
今日も戦場では、ウクライナやロシアの兵士が戦争の駒として使われている。戦況が悪化するにつれて兵士の平均年齢は次第に上がる。それでも「ウクライナが勝たなければ世界は不安定化する」「まだ戦え」「勝つまで戦え」と外野から煽り立てる態度はあまりにも非道だ。
長らく広島の地から発信してきた私がいま感じるのは、ウクライナ戦争が始まってから、広島ではこれまでずっと口をつぐんできた被爆者が体験を語り始めた、という点だ。学校教育の現場では、戦争が始まってから先生も生徒も目の色を変えて被爆体験を聞いているそうだ。核戦争の芽をはらむ戦争を一刻も早くやめなければならない。ましてや核兵器の使用など論外だ。広島の被爆者は切実に平和を訴えている。
『二十世紀の精神の教訓』には「シニシズム」(冷笑主義)という言葉が頻繁に出てくる。「核なき世界なんて実現不可能だ」「戦争は終わらない」と言ってシニシズムに陥るべきではない。核なき平和な世界の理想をどこまでも追い求め、理想へと一歩ずつ近づく。ゴルバチョフ大統領と池田会長が語り合った教訓を現実化することが、後に残された者の使命だ。