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『梧桐に眠る』(澤田瞳子・著)ためし読み

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 かくして狭虫たちは頼るべき者の一人もおらぬまま広い都に放り出され、あっという間に空腹を抱えてさまよう羽目となった。住まいを奪われ、養い親と死に別れてみれば、大路の雑踏はひどくよそよそしく、道端で泣きじゃくる子らに目を向ける者は皆無に近い。  加えて、行水も使えず、日に日に身体が垢じみて行けば行くほど、往来の人々が狭虫たちに向ける眼差しは乾き、遂には路傍の石や野良犬を見るが如き冷淡さとなった。  狭虫と同じ年だった少年の一人は、魚を捕まえて食おうと佐保川に入り、足を滑らせて流れに飲み込まれた。些細な風病(風邪)をこじらせて亡くなった幼い女児、拾った干し肉を食った翌日、激しく腹を下して死んだ駒売と仲良しの男児……いなくなってしまった仲間を指折り数えれば、自分が生き残っているのが不思議なぐらいだ。  どうと風が吹き、音を立てて木の葉が散る。色鮮やかな落葉越しに改めて都を見下ろしながら、また冬が来る、と狭虫は胸の中で呟いた。  去年の冬はかろうじて乗り切れた。だが、今年はどうだ。来年は、そのまた次の冬は。仮に狭虫は生き延びられたとしても、駒売や狗尾がずっと一緒にいてくれるとは限らない。地を這う蟻を笑って踏みにじる子どもの如く、ただ道端で寝ているだけの少年を焼き殺そうとする者は、この都には他にも大勢いるに違いないのだから。 「おい、どうした。泣いているのか」  真鳶の亡骸を埋め終えた狗尾が、狭虫の顔をひょいと覗き込む。泣いてない、と涙声で応じる頭を、土で汚れた手で抱え込んだ。 「そうだよな。本当を言えば、おいらも泣きてえ気分だよ。畜生、真鳶がいったい何をしたってんだ」  狗尾は心根が優しい。応遵の親族によって寺を追い出された時も、相手に噛みつかんばかりにして抗う真鳶や駒売をなだめ、どうにか話し合いで事を落着させようとしたほどだ。結局、その優しさは何の役にも立たなかったけれど。 「泣くなよ。泣けばその分、腹が減るぞ」  そう言いながらも、狗尾の言葉尻もまた、すでに涙に上ずっている。泣いてない、ともう一度言い返して、狭虫は両手で顔をこすった。黒々とした土饅頭のかたわらに膝をつき、じゃあね、と土の下に別れを告げた。  真鳶は幸せ者だ。これまで死んだ仲間のほとんどは、そもそも亡骸が見つからなかったり、狭虫たちが目を離した隙に野犬に食われたりで、満足に葬ってやることができなかった。それに比べれば、真鳶は冷たい土の下とはいえ、五体満足で眠ることができるのだから。  横目でうかがえば、狗尾は両目と鼻先を真っ赤にして土饅頭を見つめている。やがて、上ずった声で「よし」と勢いをつけると、狭虫の肩を大げさなまでに大きく叩いた。 「帰るか。陽が落ちる前には駒売と落ち合って、今日のねぐらを探さなきゃな」  寧楽の庶人は、狭虫たちが軒下や路地裏で寝起きしていても、最初の一日、二日は知らぬ顔をする。だがそれが四日、五日と続くと次第にしかめっ面となり、しまいには犬をけしかけたり、寝床代わりの枯れ葉の山に水をぶちまけたりするのだ。  真鳶が火をかけられた薬師寺裏の路地は、まだ寝起きを始めてから二日しか経っていなかった。それでも何の前触れもなく危害を加えられたことを思えば、本当は毎日、ねぐらを変えた方がいいのだろう。

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